世界初のCCIE8冠+CCDE取得者に話を聞く!【チャンネル登録者数1万人突破記念インタビュー企画】

この記事の内容

  • ゲーム・音楽少年から就職氷河期を経てITエンジニアへと転身した岡山さんのキャリア形成の軌跡を紹介します
  • Cisco最高位資格「CCIE」全8分野と「CCDE」を世界で初めて取得するまでの挑戦と資格勉強の方法論に迫ります
  • TAC(Technical Assistance Center)への派遣経験など、技術力を飛躍的に高めた実務経験について解説します
  • 仲間との切磋琢磨、自己投資としての資格取得への姿勢など、トップエンジニアとしてのマインドセットを学べます
  • 「エンジニアが市場価値を高められる会社」を理念に掲げた起業家としての挑戦についてもご紹介します

ゲーム少年から音楽青年へ ― 意外な原点

チャンネル登録者数1万人突破を記念した特別インタビュー企画、第1回のゲストは世界で初めてCiscoの最上位資格「CCIE」全8分野と「CCDE」を取得した岡山さんです。20年以上にわたってネットワーク業界に携わり、現在は起業家としても活躍されています。

岡山さんの出身は茨城県で、幼少期はRPGをいかに早くクリアするかに情熱を注ぐゲーム好きでした。プログラミングやゲーム制作には興味がなく、「遊ぶ側」として楽しむタイプだったそうです。

中学・高校時代になると音楽に傾倒し、軽音楽部でギターを弾き、作曲も担当するロック少年へと変貌します。スポーツは苦手で、音楽が生活の中心でした。その情熱が「本場の音楽を学びたい」という思いに繋がり、アメリカのコミュニティカレッジへの留学へと踏み出すことになります。


渡米で身につけた「言語力と粘り強さ」

専攻はアート・ミュージック。授業はすべて英語で、最初は何を言っているか理解できず、周囲から「日本へ帰った方がいい」と言われるほど苦労されたそうです。しかし「何くそ」と奮起し、積極的に話しかけることを続けた結果、わずか3〜4ヶ月で日常会話を習得。英語力とコミュニケーション能力の基礎を築きました。

一方で数学やコンピューターサイエンスには大変苦戦し、成績はD評価。「当時は全然わからなかった」と笑いながら振り返っておられました。


帰国後の苦境とITとの出会い

卒業後はしばらくアメリカを放浪し、日本へ帰国します。しかし就職氷河期の厳しい状況の中、100社近くに落ち続け、アルバイト生活を送ることになりました。結婚を考えていた女性(現在の奥様)が働く中、自身は「完全なヒモ状態」と表現されるほど精神的にも追い詰められていた時期でした。

転機は派遣会社での面談です。担当者に叱責された後、適性検査で「パソコンに向いている」と判定され、PCサポートセンターへの派遣業務を紹介されたことがITとの出会いでした。


サポート業務から資格取得へ ― 自力で道を切り開く

研修ではCPUやメモリの基礎から学び、NECのサポートセンターでWindowsやMS-DOSの問い合わせ対応を担当しました。トラブル対応を通じてOSやレジストリの仕組みを独学で習得し、一般ユーザーよりも詳しいレベルへと成長していきます。

Microsoft担当者の勧めでMCP(Microsoft Certified Professional)資格に挑戦し、1ヶ月の集中学習で合格。続けてMCSE(Microsoft Certified Systems Engineer)7冠を3〜4ヶ月で達成されました。

「学校の勉強は苦手だったけれど、目標が明確なら集中できるタイプだった」と語る岡山さん。この経験が後の資格取得ラッシュへの土台となっていきます。


ネットワークの世界へ ― CCNAからエンジニアの道へ

Microsoftサポート経験者の助言を受け、エンジニア職への転身を決意します。並行してCisco資格にも挑戦し、3回目の受験で**CCNA(Cisco Certified Network Associate)**に合格しました。

ネットワークの原理に苦戦しながらも理解を深め、エンジニアとしての道を歩み始めた岡山さん。「稼げる技術者になる」という強い決意を胸に、努力を重ねていきます。


激務と成長 ― 現場で鍛えられた技術力

初期の仕事ではUNIX運用を担当しましたが、より挑戦的な仕事を求めてネットワークやサーバー案件へと活躍の場を広げます。全国を飛び回り、設計・構築・トラブルシューティングを経験し、問題解決で顧客に感謝されることが大きなモチベーションでした。

当時は夜遅くまで働く激務の日々でしたが、その経験が「技術の基礎」を築いたと振り返っています。やがて「より論理的な仕事をしたい」という思いが強くなり、ネットワーク専業を志すようになります。


CCIEへの挑戦 ― “IT業界の司法試験"に挑む

世界に500人ほどしかいなかった**CCIE(Cisco Certified Internetwork Expert)**を目指す決意を固めます。受験は8時間に及ぶラボ試験で、合格率はわずか3%。受験料は18万円、トラップ満載の実践試験です。

実務経験を積むため、Cisco TAC(Technical Assistance Center)への派遣を行う企業に転職しました。ここでメモリダンプ解析やL2/L3トラブル対応を担当し、ネットワーク技術が飛躍的に向上したといいます。


難関資格を次々と制覇する ― 世界初への道

TAC在籍中にCCNP(Cisco Certified Network Professional)を取得し、次にIP電話技術への関心を持ちます。難関のCCIE Voiceに何度も受験を重ねて合格し、続けてCCIE Securityにも挑戦、5回目でついに合格しました。

試験料や渡航費で1回30万円以上かかることもありましたが、自己投資として資格取得に集中する姿勢を貫きました。勉強スタイルは平日3時間、週末は丸1日という徹底的なスケジュール管理でした。資格を重ねることで技術体系が整理され、理解が加速していったといいます。

4つ目のCCIE Service Providerは積み上げた知識を活かし、わずか2ヶ月で合格。こうして資格を重ねるうちに、ネットワーク技術全体を俯瞰できるようになっていきました。


仲間との切磋琢磨、挑戦の連鎖

「そこまでやらなくても」と言われることも多かったといいますが、仲間の存在が大きな支えでした。フリッツさん、故・きこさんと資格取得を競い合い、互いに励まし合いながら挑戦を続けました。周囲から「全部取れるんじゃないか」と期待されるようになり、挑戦が自分自身のブランディングにもつながっていきます。


起業へ ― 技術者が成長できる会社を作る

CCIEを4つ取得した頃、勤務先が買収されて消滅するという転機が訪れます。次のステップとして中小企業の立ち上げに関わり、マネジメント経験を積みました。その後、外資系企業立ち上げに参画するも方向性が合わず退職。育児期間を経て再びCCIEに挑戦し、Wireless、Data Center、そしてCCDEを取得。これにより、世界初「CCIE8冠+CCDE」保持者となりました。

この偉業達成と同時期に、知人の坂本さんの誘いで起業し、誕生したのがルートリグ株式会社です。「エンジニアが市場価値を高められる会社」を理念に掲げ、難易度の高い案件に挑戦できる環境を整備しています。事業方針は一次請けとして高度案件を扱うことで、SD-WAN、SD-Access、セグメントルーティングなど最先端技術に挑戦しています。


苦労と成長 ― 経営者としての試練

創業当初は自己資金で運営し、資金繰りや融資など、経営者としてのプレッシャーを身をもって経験したといいます。「投げ出さないこと」が起業家に必要だと痛感したと語ります。

資格取得支援制度も充実しており、CCIE取得者には100万円、CCNAには10万円といった形で、エンジニアの成長を会社として後押しする仕組みを整えています。


まとめ

世界初「CCIE8冠+CCDE」という前人未到の偉業を達成した岡山さんのキャリアは、音楽留学での苦労、就職氷河期の挫折、派遣社員としてのIT入門など、決して順風満帆ではありませんでした。それでも「目標が明確なら集中できる」という自身の特性を活かし、MCSEからCCNA、そしてCCIEへと着実にステップアップしていきます。

平日3時間・週末丸1日という徹底した学習スタイル、1回30万円以上の試験費用も厭わない自己投資の姿勢、そして仲間との切磋琢磨——これらが世界初の称号につながりました。

現在は「エンジニアが市場価値を高められる会社」ルートリグ株式会社を経営し、後進のエンジニア育成にも力を注いでいます。岡山さんのキャリアは、技術への真摯な向き合い方と継続的な自己投資がどれほど大きな可能性を開くかを、力強く示してくれています。