33年間のIT業界経験とMicrosoft クラウドセキュリティMVP挑戦

この記事の内容

  • 1991年にIT業界へ入り、UNIX上のC言語開発からキャリアをスタートした秋葉敏明氏のインタビューです
  • PC-98時代からWindows NT・インターネット黎明期を経て、Microsoftエンタープライズ製品へとシフトしていった変遷を紹介します
  • 2014年からMicrosoft EMSのセキュリティ領域を牽引し、日本市場への普及に尽力してきた経験を語っています
  • 現在はMicrosoft E5セキュリティを中心に情報発信を行い、Microsoft MVP取得を目指しています
  • 33年以上の業界経験から得られた、技術トレンドと日本市場特有の課題に関する知見を共有しています

コンピューターとの出会い——PC-98とテープの時代

秋葉氏がコンピューターに触れ始めたのは、1988〜89年頃のことです。当時は中学時代にPC-98が流行しており、友人のFM7で「信長の野望」を一緒にプレイするような環境でした。

特に印象的なのは、当時のデータロード方法です。カセットテープからプログラムをロードするため、ゲームが始まるまでに10〜15分かかることも普通でした。その待ち時間にトランプで遊んでいたというエピソードは、現在のスマートフォン世代には想像しがたい光景です。

お小遣いを貯めてFM音源の内蔵ボードを1万5000円で購入したことも鮮明に覚えているとのことで、当時のコンピューター少年たちの熱量が伝わってきます。


IT業界への入り口——専門学校からプログラマーへ

もともと文系だった秋葉氏は、就職を考えるにあたって「手に職をつけよう」と情報処理系の専門学校へ進学しました。ちょうどバブルに向かう好調な時代背景も後押しとなりました。

専門学校では1年目の必修科目としてCOBOLを学び、2年目からC言語のカリキュラムへと移行しました。この頃にUNIXとviエディタにも初めて触れましたが、当初は使い方がわからず「こんなもの二度とやるか」と思っていたそうです。しかし後に、UNIXとviを使う会社に就職することになるという不思議な巡り合わせを経験しています。


1991年——製造系システム開発とC言語の格闘

1991年、秋葉氏は日本DEC(Digital Equipment Corporation)——当時「世界で2番目」と言われたミニコンメーカー——に入社しました。バブルが頂点に差し掛かる時期でしたが、翌年にはバブル崩壊を迎えることになります。

最初の仕事は、UNIX上のC言語による業務用クライアントアプリケーションの開発でした。現在のようなGUIライブラリはほとんど存在せず、ボタン一つを表示するためにも、マトリクス座標を指定して縦横に線を引き、そのエリアにクリックイベントを実装するというレベルのコーディングが求められました。

最も苦労したのはメモリ管理で、メモリリークによるアプリケーションのクラッシュをデバッグする作業が日常的な業務の大半を占めていたといいます。


オープン化の波——UNIXからWindowsへの転換期

1990年代は「オープン化」「ダウンサイジング」のキーワードが業界を席巻した時代でした。ホストコンピューターからミニコンやUNIXベースのシステムへの移行が盛んに行われていました。

90年代後半にはWindows 95の登場とインターネットの普及が重なり、ブラウザをクライアントとしたWebアプリケーション開発へとシフトが加速しました。プラットフォームもWindows NTに移行し、IIS 4.0〜5.0前後の時代にMicrosoftとの関わりが深まっていきます。

また、この時期にはUNIXサーバー3台を組み合わせたファイアウォール構築という、当時としては先進的なセキュリティ案件にも約1年間携わりました。これが後のセキュリティ専門知識の礎となります。


2000年代——Microsoftエンタープライズ製品との深い関わり

2000年代に入ると、Microsoftのエンタープライズ製品群との関わりがさらに深まりました。具体的には以下のような製品・技術に携わっています。

  • Site Server:SharePointの前身にあたるWebコンテンツ管理製品
  • LDAPサーバー(メンバーシップサーバー):Active Directoryの前進となる認証基盤
  • Windows Media Server:ストリーミング配信システムの構築。ユニキャスト・マルチキャストを活用した動画・音声配信を当時の細い回線環境で実現しました
  • DRM(Digital Rights Management):著作権管理システムの組み込み。これが後の情報保護技術との長い関わりの出発点となります

SharePointと大規模インフラ構築

2007年頃からはSharePointの普及展開に深く関わるようになりました。Notesからの移行案件が多く、大規模なサーバー群を構築・検証する業務が中心でした。クラウドがない時代だったため、検証機を何台も並べてインストール・設定を繰り返す作業は非常に時間と労力を要するものでした。

この時期には自習書の作成にも携わり、SharePointの普及に向けた啓発活動も行っていました。


2014年——クラウドセキュリティへの本格転換

2014年は秋葉氏のキャリアにおける大きな転換点となりました。MicrosoftのEMS(Enterprise Mobility Suite)を日本市場に展開する役割を担うことになったのです。

EMSは以下の3製品で構成されていました。

  • Azure AD Premium:クラウドベースのID管理・認証基盤
  • Intune:モバイルデバイス管理(MDM)
  • Azure Information Protection:情報保護・権利管理

当初は「EMSとは何か」という説明から始めなければならない状況で、なかなか理解されず苦労したといいます。お客様への説明に何度も足を運び、日本初のパートナーとしてゼロから市場を開拓していきました。

その後、EMSの「S」が「Security(セキュリティ)」を意味することが強調され、製品名もEnterprise Mobility + Securityへと改称されました。Microsoftがセキュリティ企業としての立場を前面に打ち出す転換期と重なります。


先駆けの意義——今振り返って

当初は誰にも理解されなかったEMSですが、現在ではEntra ID(旧Azure AD)やIntuneは企業ITの標準的な構成要素の一つとなっています。

秋葉氏は当時を振り返り、「早くに取りかかったアドバンテージはあった」と語ります。海外に比べて日本市場への普及は数年遅れる傾向がありますが、その波が必ず来ることを見越して先行投資的に取り組んできたことが、現在の専門性の礎となっています。

また、Microsoftのセキュリティ製品群が今や50製品以上に拡大し、毎日数兆件のシグナルを処理するほどの規模に成長したことを「今では考えられないほどすごい」と評しています。日本のお客様の現場から「こういう機能が足りない」「こうしてほしい」という声をMicrosoftへ届ける役割も、長年継続して担ってきました。


現在の活動とMicrosoft MVP挑戦

現在、秋葉氏はMicrosoft E5セキュリティを中心に、以下の活動を続けています。

  • 新着情報のウォッチ:Microsoftのセキュリティ製品の最新動向を継続的に追跡
  • ブログによる情報発信:約2年以上にわたって記事を執筆・公開。新機能を自身で理解・要約した内容を届けることを心がけています
  • MSの開発チームとの連携:開発者との繋がりを活かした情報収集とフィードバックの提供

そして現在の目標は、**Microsoft MVP(Most Valuable Professional)**の取得です。情報発信活動を通じてコミュニティへの貢献を積み重ね、Microsoftクラウドセキュリティ分野でのMVP認定を目指しています。


まとめ

1991年のIT業界参入から33年以上。UNIX上のC言語によるGUI開発からキャリアをスタートし、オープン化の波、Webアプリケーションの台頭、Windows NT時代を経て、Microsoftエンタープライズ製品の普及・展開に深く関わってきた秋葉氏のキャリアは、日本のエンタープライズIT史の縮図とも言えます。

特に2014年からのEMS(現Microsoft Entra・Intune・情報保護製品群)への先行的な取り組みは、誰も理解しなかった時代から始まり、今や業界標準となったソリューションの礎を作った貴重な経験です。DRMとの出会いから始まった情報保護技術との長い関わりも、現在のデータセキュリティ分野へと脈々と続いています。

現在はMicrosoft MVP取得という新たな目標を掲げ、情報発信を継続している秋葉氏。Microsoftセキュリティ分野についての最新情報は、ぜひ同氏のブログをご覧ください。