NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが7月15日から16日にかけて来日し、経済産業省主催の「我が国のフィジカルAI政策に関する対外発信イベント」など、分刻みのスケジュールで複数のイベントに参加した。PC Watchのコラム「笠原一輝のユビキタス情報局」(執筆:笠原一輝氏)によると、フアン氏は滞在中一貫して「日本のメカトロニクス産業にはフィジカルAI時代の大きなチャンスがある」と強調し、国産ファウンドリ「Rapidus」の可能性についても前向きな見方を示したという。
なぜこの来日が注目なのか
フィジカルAIとは、AIをクラウドやチャットの中だけでなく、ロボットや自動車、工場設備といった物理的な機械に組み込む考え方だ。NVIDIAはこれまでデータセンター向けGPUで急成長してきたが、次の成長領域として、ロボットや自動運転などハードウェアと一体化したAI市場を強く意識している。そこで焦点になるのが、川崎重工・安川電機・ファナックといった産業用ロボットメーカーや、トヨタ自動車・本田技研工業・日産自動車といった自動車メーカー、さらにそれを支える中小企業まで含めた裾野の広いサプライチェーンをすでに持つ日本だ。フアン氏の今回の来日は、この日本の「ものづくりの厚み」にAIを組み合わせる戦略を、経産省や日本企業と共に本格的に打ち出す場になったと言える。
現地報道が伝えたポイント
笠原氏の報告では、フアン氏は16日夕方のぶら下がり会見で、海外記者による対中国向け「H200」に関する質問を「ここは日本だ、日本向けの質問をお願いしたい」と遮る一幕があった。COMPUTEXやGTCなど国際的なイベントでは記者の質問を遮ることはほとんどないといい、笠原氏はこれを異例な対応だったと分析している。
また「日本はすでにこの分野で負けつつあるのでは」という記者の質問に対しては、フアン氏は「日本人だけが日本のメカトロニクスの価値を理解していない」と応じ、AIを取り込むことでさらに進化できるとの見方を強調したと報じられている。
具体的な提携としては、富士通とNVIDIAが川崎重工・安川電機・ファナックの3社にAIソリューションを提供する枠組みが発表された。さらに経産省主導の「FRONTia」計画では、産業技術総合研究所やソニーグループ・ソフトバンク・NEC・本田技研工業などが出資する新会社Noetraが、Vera Rubin NVL72ラックを計算上382台、Vera CPU 13,750基以上・Rubin GPU 27,500基以上を搭載する140MW級のAIデータセンターを構築する計画が明らかにされた。完成すれば国内最大規模のAIデータセンターになるという。
一方で笠原氏は、ソフトバンクグループ・Oracle・OpenAIなどが進める米国の「Stargate」計画(1拠点あたり1〜1.5GW級)と比較すると、FRONTiaは規模で約10分の1にとどまる点も冷静に指摘しており、手放しの礼賛ではない記事になっている。
日本市場での注目点
Rapidusは次世代半導体の量産を目指す国産ファウンドリだが、量産実績がまだない段階にある。フアン氏が可能性を前向きに評価したと報じられたことは、Rapidusにとって追い風となる材料と言える。
FRONTiaは個人が購入・体験できる製品ではなく国家プロジェクトだが、ここで開発される国産フィジカルAI基盤モデルは、将来的に川崎重工・安川電機・ファナックの産業用ロボットや、トヨタ・ホンダ・日産の車両システムに組み込まれていく可能性がある。日本の製造業がAIをどう取り込んでいくかを占う試金石として、今後の展開を追う価値がある。
筆者の見解
フィジカルAIは、逐一人間の確認を求める「副操縦士」型ではなく、目的さえ伝えれば自律的に動く「自律エージェント」型でこそ本来の価値を発揮する分野だと考えている。工場のロボットや自動運転が、あらゆる場面で人間の承認を待つ設計のままでは、AIを組み込む意味は半減してしまう。日本のメカトロニクス産業がフィジカルAI時代で勝ち残れるかどうかは、この自律性をどこまで実装できるかにかかっている。
FRONTiaの規模がStargateの10分の1にとどまるという指摘は率直に受け止めるべきだが、規模で張り合うことよりも、小さくてもまず実際に動かして経験を積むことの方が今は重要だと思う。情報を追いかけることに時間を使うより、実際に使い倒して成果を出す経験を積む方が、結局は正しい近道になる。
日本の産業界は、フアン氏が指摘する通り、自らの強みに無自覚なまま変革のスピードに乗り遅れるリスクを抱えている。ロボットや自動車という「ハードの強み」を持つ日本だからこそ、AIを大胆に、遠慮なく使い倒す側に回るべきタイミングだと感じる。
出典: この記事は 【笠原一輝のユビキタス情報局】NVIDIAフアンCEO「日本に勝機」、フィジカルAIとRapidusの可能性 の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。