米国のITコンサルタント、Nik Suresh氏が、自身がコンサルティングで関わる大企業の内部で目撃した「AI狂騒(AI mania)」の実態を赤裸々に綴ったブログ記事が話題になっている。著名な開発者ブロガーのSimon Willison氏がこの記事をリンクブログで紹介し、Hacker Newsでも大きな議論を呼んだ。登場するのは、ChatGPTすら使ったことのない役員が数千億円規模の会社のAI戦略を丸ごと主導する話や、社内の「トークン消費量リーダーボード」に怯えてコードを無意味に書き換え続ける技術者の話だ。
ChatGPTを触ったことのない役員が「AI戦略」を書く
Suresh氏が明かした最も強烈な事例は、年商20億ドル(約3000億円)超の企業で、ChatGPTはおろかどんなAIツールも一度も使ったことがないと自ら認めた役員が、その直後に会社全体の技術戦略──しかも中身は丸ごとAI中心──を発表していたというものだ。使ったことのない道具を前提に会社の未来を賭ける計画を作る。笑い話のようだが、これが複数の大企業で実際に起きているとSuresh氏は指摘する。
「トークンリーダーボード」のためにGoをZigへ書き換える技術者
もう一つの象徴的な逸話が、「トークン消費量リーダーボード」を導入しているある企業のエンジニアの告白だ。「クビにならないために、Goのリポジトリをまるごとコピーして、別の作業をしている間にAIにZigへの丸ごと書き換えを指示している」という。生産性の実態ではなく、AIにどれだけトークンを使わせたかという見せかけの数字が評価基準になった結果、技術的に何の意味もない書き換え作業が「実績」として生み出されている。
なぜ誰も「それは無理です」と言えないのか
Suresh氏が特に興味深いと語るのが、AIベンダー側の役員へのインタビューだ。顧客企業の役員が「生産性が100倍になった」といった非現実的な数字を吹聴しているとき、ベンダー側の役員がその場で「それは非現実的だ」と正直に指摘すると、顧客役員の面子を潰す「攻撃」と受け取られ、契約解除につながりかねない。自社の本質的な事業に関係のない話で契約を切られれば、指摘した役員自身が解雇される可能性すらある。損得抜きに正直な評価を口にできない構造が、AI狂騒を加速させているというわけだ。
実務への影響
日本のIT現場にとっても他人事ではない話だ。生成AI活用を測る「AI活用度」という指標そのものは方向性として正しい。しかし測り方を間違えると、この記事のトークンリーダーボードのように目的と手段が入れ替わる。「AIをどれだけ使ったか」の代理指標としてトークン消費量や利用回数だけを追うと、社員は評価のために無意味な作業を作り出してしまう。IT管理者は、実際の業務改善や成果に紐づいた指標を設計し、数字だけがひとり歩きしないよう注意する必要がある。また、経営層がツールを実際に使わずに戦略だけを語る状態も危険信号だ。技術戦略を作る立場の人間ほど、自分の手でAIエージェントを日常的に使い、失敗も含めて肌感覚を持っておくべきだろう。
筆者の見解
このエピソード集を読んで真っ先に思ったのは、「AI活用度を測ろうとする発想自体は間違っていない」ということだ。企業が生成AIをどれだけ効果的に使いこなしているかを可視化する試みは、方向性としては筋がいい。問題は、その物差しが「トークン消費量」のような安直な数字にすり替わった瞬間に起きる。Zigへの書き換えの逸話は、まさに人間が変なKPIにぶら下がって数字をハックし始める典型例で、経営がAIを本気で導入したいなら、こういう副作用込みで指標設計をしなければならない。
一方で、「役員がAIを一度も使わずに戦略だけ語る」という話には、もっと根深い問題を感じる。今の時代、意思決定をする立場の人間が生成AIを積極的に使わないこと自体が、もう相当まずい状態だと思っている。使ったことがないから的外れな戦略しか作れないし、現場の技術者がその歪みのしわ寄せを受ける。かといって「使わなくていい」を強調しすぎるのも間違いで、必要なのは「どう使えば効果的か」を組織としてきちんと定義し、支援する仕組みだ。禁止でも放任でもなく、正直な評価と地に足のついた指標を伴った活用を経営から現場まで一貫して作れるかどうか。この記事に出てくる笑い話のような光景は、日本の会社でも十分に起こり得る話だと思っている。
出典: この記事は AI Mania Is Eviscerating Global Decision-Making の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。