Apple Carの自動運転技術開発は2024年に断念されたが、10年間で100億ドル(約1.5兆円)が投じられたとされる。この「失敗」は単なる無駄ではなく、現在のApple全体のAI戦略を下支えする技術基盤を生み出していた——そんな見立てをBloombergのマーク・ガーマン氏(Mark Gurman)が報じ、Tom’s Guideのトム・プリチャード氏(Tom Pritchard)が7月13日付でまとめている。
なぜこの報道が注目か
Appleは生成AIブームへの対応で出遅れているとの評価が根強く、刷新版Siri「Siri AI」の開発難航はその象徴だ。しかしガーマン氏の報道によれば、レベル5の完全自動運転車を実現するために構築を進めていたリアルタイムAI処理基盤が、結果的にAppleのAIチップ戦略の礎になっていたという。「失敗した巨大プロジェクトがどう資産に転化されるか」という企業経営上の教訓としても興味深い。
Apple CarからNeural Engineへ、そしてM7世代へ
Appleのチップに搭載される「Neural Engine」は、オンデバイスAI処理を担うAIアクセラレータ群で、2017年のiPhone X(A11 Bionicチップ)で初めて搭載された。Face ID・拡張現実・Apple Intelligenceといった機能を、消費電力を抑えつつプライバシーを守る形(端末内処理)で実現するのが狙いだ。
このNeural Engineは2020年の初代Apple M1以降、全てのM系列チップに搭載され、MacをローカルAI処理のパワーハウスに変えた。この設計思想はUltra系Macチップや、Apple Intelligenceのクラウドサーバー向けカスタムハードウェアにも波及しているという。
さらにガーマン氏は、AIへの傾注がAppleのチップロードマップそのものを変えつつあると指摘する。M6 Pro/Maxを見送り、M6から一気にM7世代へ移行する可能性が浮上しており、特にM7 Ultraはニューラル処理性能を大幅に強化し、NVIDIAの「Blackwell」級のAI専用アクセラレータに迫る性能を狙うという。M7 Ultraは1.5TBのメモリ対応が見込まれ、現行M5 Ultra搭載サーバーの2倍にあたる。
海外メディアの報道ポイント
- 評価できる点: 「無駄になった」と見られていた10年・100億ドル規模のApple Car投資が、Neural EngineというApple独自の差別化技術を育てる土壌になっていたという文脈は、単なる後付けの正当化を超えて説得力がある、とTom’s Guideは評価している。
- 懸念点: M7 Ultraの1.5TBメモリ対応は魅力的だが、複数台調達してAIサーバーを構成できるかは、いわゆる「RAMageddon」と呼ばれる世界的なDRAM需給逼迫・価格高騰の影響を強く受けるとガーマン氏は指摘する。Siri AIの遅れが象徴するように、ハードウェアの強みがソフトウェア面の遅れを完全に相殺できるかは依然不透明だ。
日本市場での注目点
M7世代チップの搭載製品や発売時期は未発表で、日本での価格・投入時期も現時点では不明。ただし過去の傾向からは、M-series世代交代はMac StudioやMac ProなどUltra系モデルから先行導入される可能性が高く、日本の開発者・クリエイター層への影響は無視できない。
NVIDIA Blackwell級の性能を目指す方向性は、ローカルで大規模AIモデルを動かしたい日本のエンジニアにとっても選択肢の広がりを意味する。一方でRAMageddonによるメモリ価格高騰は日本国内のPC・サーバー価格にも波及しており、次世代Mac Studioの価格設定にも注視が必要だ。
筆者の見解
Apple Carの顛末は「失敗プロジェクトの技術的副産物が、後の中核戦略を支える」という典型例として学びが多い。特にNeural Engineが体現する「オンデバイスでAIを処理し、プライバシーを守りながら日常的に使わせる」という設計思想は、企業がAI活用を広げる際の一つの正解のかたちだと考えている。禁止や制限で縛るのではなく、ユーザーが自然に「これが一番便利」と感じる仕組みを用意することがAI活用浸透の近道であり、それをハードウェアレベルで体現しているのがNeural Engineだ。
日本の企業やエンジニアにとっても、AIチップの性能競争のニュースを逐一追いかけるより、今使えるハードウェア・ソフトウェアで実際に成果を出す経験を積むことの方が優先度は高い。とはいえ、M7世代がもたらすオンデバイスAI性能の飛躍は、ローカルLLM活用の選択肢を広げる動きとして続報を注視したい。
出典: この記事は The Apple Car development may not have been as big a waste of time and money as everyone thought — in fact, it may be the thing that enabled Apple’s new AI boom の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。