米大手メディアArs Technicaは2026年7月7日、AIデータセンターの爆発的な電力需要が、Rust Belt(かつての重工業地帯)の製造業者の電気代を押し上げ、トランプ政権が掲げる「Made in America」(国内製造業復活)計画を脅かしていると報じた。記者Jeremy Hsu氏による記事では、ReutersやWall Street Journalの分析を引用しながら、AIブームの裏側で進む産業界のひずみを描き出している。
電力網の逼迫が生む「見えないコスト」
米最大級の電力系統運用機関PJM Interconnection(13州を管轄)のエリアでは、データセンター需要の急増によって「容量価格」(発電事業者に供給力確保の対価として支払われる価格)が2024年の1メガワット日あたり28.92ドルから、2026年には329.17ドルへと約11倍に跳ね上がった。この上昇分は最終的に工場の電気料金に転嫁される構造になっている。
Reutersが伝えた象徴的な事例が、オハイオ州で141年の歴史を持つレンガメーカーBelden Brick Companyだ。月間の電気代が1,600ドルから12,000ドルへと約7.5倍に膨らんだという。同様の圧迫は鉄鋼業界にも及んでおり、Steel Manufacturers Associationによれば、Rust Belt地域に集中する米鉄鋼各社は年間数千万ドル規模の追加コストを強いられている。電気代は鉄鋼生産コストの20〜40%を占め、電気アーク炉1基あたりの稼働負荷は40〜200メガワット、米鉄鋼業界全体ではピーク時に最大11ギガワットを消費する。オハイオ拠点のMetallus社は、2024年比で電気代が70%上昇し、年間1,500万ドルの追加負担が生じたと明かしている。
皮肉なのは、データセンター建設自体が年間およそ100万トンの鋼材需要を生み出し、米鉄鋼業界に恩恵をもたらしている点だ。恩恵とコスト増が同時に押し寄せる、ねじれた構図になっている。
供給不足はさらに拡大の見通し
PJMは2027年以降、管轄エリアの電力需要が供給力を6.6ギガワット上回ると予測している。Wall Street Journalはこれを「原発6基分以上に相当する規模」と表現した。製造業各社は値上げや拠点移転の検討を迫られており、鉄鋼業界幹部からは電力網逼迫による操業停止リスクへの懸念も上がっている。
ホワイトハウスは大手テック企業に新規電力インフラの費用負担を求める「Ratepayer Protection Pledge」への署名を取り付けたが、実効性のある強制力は伴っていない。トランプ政権は各州知事とともにPJMへ働きかけ、新規供給力を調達する一回限りの「バックストップオークション」実施を求めている段階だ。政権1年目には製造業雇用が83,000人減少しており、電力コストの高騰はこの逆風にさらに追い打ちをかけかねない。
日本市場での注目点
日本でもこの構図は他人事ではない。データセンター向け電力需要は北海道・千歳や九州など再エネ・電力インフラを確保しやすい地域を中心に急拡大しており、経済産業省もGX(グリーントランスフォーメーション)政策や原発再稼働議論と絡めて電力需給の逼迫に警戒感を示している。日本の産業用電気料金はもともと国際的に見て高水準にあり、日本製鉄やJFEスチールといったエネルギー多消費型の製造業にとって、米国と同様の「データセンター対製造業」の電力争奪構図が今後表面化する可能性は十分にある。半導体工場の新設ラッシュとも重なり、地域の送配電網増強が追いつくかどうかが今後数年の焦点になりそうだ。
筆者の見解
AIをどんどん使い倒すべきだという立場は変わらないが、この記事はAI活用を語る上で見落とされがちな「裏側のコスト」を突きつけてくる。大量のドキュメントを一括処理するような用途でクラウドのAIをフル活用すると、その快適さの背後で膨大な電力が消費されている実感は正直薄い。しかし今回のように、AI基盤への投資が既存産業の電気代を押し上げるところまで顕在化してくると、使う側も「便利だから使えばいい」だけでは済ませられない段階に入ってきていると感じる。
日本でもデータセンター新設が加速する中、電力調達やコスト構造を織り込まずにAI活用を語ると、いずれ同じひずみが表面化するはずだ。AIをフル活用する前提は維持しつつ、電力という物理的な制約をどう仕組みに織り込むかを、作る側は今のうちから意識しておく必要があるだろう。
出典: この記事は Data centers’ energy demand threatens Trump’s “Made in America” plan の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。