EUが来月発表予定のGoogleへの新規制について、米Ars Technicaが2026年6月29日に詳報した。デジタル市場法(DMA)に基づくこの規制案には、Android上でのAI開放と競合への検索データ提供をGoogleに義務付ける内容が含まれる。GoogleはセキュリティVPを通じてプライバシーと安全性への深刻な懸念を表明しており、テック業界とプライバシー研究者から注目を集めている。

規制案の2本柱

AndroidにおけるAI開放

現在、GeminiはAndroidデバイス上でユーザーのファイル・画面コンテンツ・音声などにシステムレベルでアクセスできる特別な地位を与えられている。EUの規制案はこの独占を廃止し、他社AIモデルにも同等のシステムアクセス権限を開放するよう求めるものだ。

Ars TechnicaによればGoogleのセキュリティVP、Heather Adkins氏はWiredの取材に対し、「この変更が実施されれば、数週間以内にEU内での詐欺件数が大幅に増加するだろう」と警告した。深いシステム権限を持つAIサービスを悪意ある第三者が装い、データ窃取やユーザー操作を行うリスクを具体的に指摘している。

匿名化検索データの競合他社への提供

規制案のもう一つの柱は、Googleが保有する検索データ(クエリ内容・ランキング・クリック率など)を匿名化した上で競合他社に提供する義務付けだ。しかしArs Technicaによれば、Googleの社内セキュリティチームはいわゆる「リンケージ攻撃(linkage attack)」を用いて、この匿名化済みデータから個人を特定するのにわずか2時間しかかからなかったという。

「匿名化は難しく、適切な技術的専門家が関与しなければならない」とAdkins氏はWiredに語っている。さらに、強力なAIモデルが広く利用可能になった現在では、こうした再識別化がより容易になっているとも指摘した。

なぜこの問題が重要か

Ars Technicaの記事は、Googleの懸念には技術的根拠があると認める一方、検索市場で90%超のシェアを持つ企業が規制に抵抗する利害関係も指摘する。データの匿名化が困難であることはセキュリティ研究の世界では広く認識されており、Googleの主張は一定の正当性を持つ。しかし、絶対的な市場支配力を持つ企業の反論は常にバイアスを考慮して受け止める必要もある。

EUは今回、DMAに基づき「ゲートキーパー」と指定したGoogle・Meta・Amazonなどに対して追加規制を課す権限を行使している。Googleはこの法律自体の見直しを求め公然と反対してきた経緯もある。

日本市場での注目点

このEU規制はDMAに基づく域内規制だが、影響は域外にも広がりうる。日本でも公正取引委員会がGoogleのスマートフォンメーカーへのプリインストール契約について調査を進めており、欧州の規制の帰趨は日本の競争政策の参照事例になる可能性がある。

また、「匿名データの再識別化リスク」は改正個人情報保護法に基づく仮名化データ活用の議論においても重要な論点だ。日本でもデータポータビリティや競合へのデータ提供義務が議論される中、今回のEU事例は技術的・法的な限界を示す生きた参考事例となりうる。現時点での日本ユーザーへの直接的な影響は限定的だが、グローバルプラットフォームのデータ管理透明性への意識を高める契機として注目したい。

筆者の見解

Adkins氏が指摘する「リンケージ攻撃で2時間以内に個人特定が可能」という事実は、技術的に軽視できない。AIの能力向上とともに、匿名化データから個人を特定するハードルは年々下がっている。規制当局がこの現実を正面から受け止めなければ、善意の規制がプライバシーを逆に脅かす皮肉な結果を招く。

ただし「リスクがあるからデータを出すな」という結論に直結させるのも早計だ。競争市場を維持するための情報共有の必要性と、技術的なプライバシー担保の両立は「どちらかを選ぶ」問題ではなく、規制当局・技術者・企業が共同で実装を設計すべき問題だろう。

AndroidにおけるAI開放についても同様だ。Geminiと同等の権限を他社AIに開放する際、適切な審査・認証・権限スコープの厳格化という仕組みを整えることで「開放しつつ安全を確保する」設計は十分に可能なはずだ。禁止で解決しようとするアプローチは必ずどこかで破綻する。安全に使える仕組みを正面から設計することが、最終的にはユーザーの利益につながる。

EUには規制の大義を保ちながら技術的に実現可能な実装を詰める責任があり、Googleにはプライバシーを本当の意味で守れる技術的解決策の提示が求められる。両者の議論が「禁止vs現状維持」の二項対立ではなく、建設的な設計論争へと発展することを期待したい。


出典: この記事は Google warns EU’s plans to weaken its monopoly could expose user data の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。