トランプ前大統領が「アメリカの価値観」を掲げて推進するスマートフォンでさえ、その製造の実態は中国に依存している——この一事実が、スマートフォンの米国内完全生産がいかに困難かを端的に示している。単なるコストの問題ではなく、数十年にわたって積み上げられた製造エコシステムの「厚み」こそが、政治的意志だけでは覆せない壁となっている。

「近くにあるから成り立つ」製造エコシステムの集積効果

現代のスマートフォン1台には、数百から数千種類の部品が使われている。プロセッサ、ディスプレイ、カメラモジュール、バッテリー、各種センサー、回路基板——これらのほぼすべてが、中国・台湾・韓国を中心としたアジアの製造拠点に集約されている。

重要なのは「製造エコシステムの集積効果」だ。部品メーカーA社の工場の隣に組立メーカーB社があり、その近くに検査機器メーカーC社がある。さらに周辺には数十年の現場経験を持つ熟練工が集まっている。この生態系は、1980年代から政府の補助金政策と市場の力が重なって形成されたもので、1〜2年で移植できるものではない。

米国でこれを再現しようとすれば、まず土地と工場を建て、機械を導入し、そして最も難しい「熟練した製造人材」を一から育成しなければならない。業界推計では、この体制を本格稼働させるだけで10〜20年かかるとも言われている。

原材料の段階から依存している:レアアース問題

スマートフォンには希少金属(レアアース)が不可欠だ。振動モーターや小型スピーカーにはネオジム、タッチパネル(ITO)にはインジウムが使われる。現在、中国はレアアースの採掘・精製において世界シェアの60〜80%以上を占める。

米国内でのレアアース採掘自体は技術的には可能だが、精製施設がほぼ存在しない。精製技術は中国が長年の投資で圧倒的な優位を確立しており、つまり「原材料」の段階からすでに依存構造が生まれているのだ。製造拠点を変えようとしても、出発点からすでに詰まっている。

Appleの挑戦と現実:インド生産でも部品は中国から

Appleは2019年にMac Proの一部を米国テキサス州で生産し始めたが、これはデスクトップPCという相対的にシンプルな製品での話だ。iPhoneとなると事情はまったく異なる。

Appleは近年、中国への依存度を下げるためにインドでの生産拡大を積極的に進めている。しかしインドの工場でさえ、部品の多くは依然として中国から調達している。製造地を変えても、部品調達の依存は変わらない。

Foxconn(鴻海)の中国工場ではiPhoneの最終組立に数十万人規模の作業員が従事している。米国でこの規模の組立ラインを稼働させた場合、iPhone1台あたりの製造コストは現在の3〜5倍に跳ね上がるとの試算もある。最終的に消費者への販売価格が3,000ドルを超えるスマートフォンを誰が買うか——これが「メイド・イン・USA」の現実だ。

実務への影響:日本のIT管理者が今考えるべきこと

経済安全保障とIT調達の交差点

米中テクノロジー競争の激化は、日本企業・政府機関のIT調達にも直接影響を及ぼしている。経済安全保障推進法では半導体・電子部品のサプライチェーン強靱化が定められており、スマートフォンそのものは直接対象外でも、その部品調達は対象と隣接する問題だ。

TSMCが熊本に建設した工場は、半導体製造の地政学リスク分散という観点から重要な意義を持つ。スマートフォン向けとはいえ、国内で高度半導体製造が可能な体制が整いつつあることは評価できる。

IT管理者が意識すべき実務ポイント

  • 製造地と設計地を分けて評価する:デバイスの設計(知的財産)が米国企業であっても、製造は中国というケースが大半だ。セキュリティ評価は「どこで設計されたか」「どこで製造されたか」「どんなソフトウェアが載っているか」の三軸で行う
  • ハードウェアサプライチェーン攻撃への備え:スマートフォンに限らず、ネットワーク機器・IoTデバイスでも同様の問題が存在する。調達基準にNIAP等のセキュリティ認証を含めることを検討する
  • MDMによるソフトウェア層の管理強化:製造地リスクよりも、プリインストールアプリや製造時のソフトウェア改ざんリスクの方が実務上は対処しやすい。MDMによる検証とポリシー強制を優先する

筆者の見解

「メイド・イン・USA」は政治的には力強いスローガンだが、スマートフォン製造の現実は数十年の経済合理性が作り上げた構造だ。これを短期間で変えようとすれば、膨大なコストと時間が必要になる。

より注目すべきは、この問題がスマートフォン単体の話ではないことだ。AIサーバー向けGPU、産業用IoT機器、データセンターのネットワーク機器——すべてが同じ構造上の問題を抱えている。製造エコシステムの再構築は、国家レベルの長期的な産業政策なしには実現しない。

日本の立場で考えると、TSMC熊本工場の誘致はその意味で正しい方向だと思う。ただ、半導体の製造拠点ができたとしても、それを使った製品の組立・エコシステム構築はまた別の課題だ。一足飛びにはいかない。

「製造回帰」の議論はこれからも続くだろう。重要なのは政治的スローガンではなく、「どこに投資すれば最も効果的か」という冷静な分析だ。少なくとも、「アメリカの価値観」を掲げたスマートフォンが中国製という現実は、この問いの難しさを如実に示している。


出典: この記事は Why it’s almost impossible to produce a smartphone in the United States の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。