2026年8月にも、米ニューメキシコ州のSceye(スカイ)社が開発した全長約60メートルの太陽光駆動飛行船が日本の沿岸上空約18キロメートルの成層圏に展開し、SoftBankの5Gネットワークを補完する通信テストを実施する。端末への直接データ送信も含まれるこのテストは、HAPS(高高度プラットフォームシステム)技術の実用化に向けた重要な節目となる。
HAPSとは——地上基地局でも衛星でもない第3の選択肢
通信インフラには大きく分けて、地上の基地局と宇宙の衛星という2つのアプローチがある。HAPSはその中間、高度約18〜20キロメートルの成層圏に「準静止」する飛行体を使った第3の選択肢だ。
成層圏は気象の影響をほぼ受けず、風も比較的安定している。低軌道衛星(LEO)は最低軌道でも地表から約200キロメートル離れているが、HAPSはその10分の1以下の距離にある。信号の遅延が小さく送信に必要な電力も少ない。SceyeのCEO、ミッケル・フェスタガール・フランセン氏は「宇宙のような環境を、宇宙に行くコストなしで、軌道にいる複雑さなしで提供できる」と表現する。
Sceye飛行船の技術的なポイント
Sceye機はヘリウムで浮力を得る飛行船型で、外皮には軽量かつ反射性の高い特殊ファブリックを採用。太陽光パネルで昼間に発電し、夜間用に電力を蓄積することで24時間稼働する電動ファンを駆動し、風に押されても定位置に戻る「ステーションキーピング」を実現する。2024年のテストフライトでこの能力を実証済みで、2026年春には南米ブラジル沖への飛行で12日間の滞空と合計88時間以上の定点停滞を達成した。
Airbus傘下のAaltoなど複数の企業もHAPS開発を進めており、災害時の通信確保や地表監視など多目的な活用が構想されている。
SoftBankとの日本テスト——何を検証するのか
今回のテストでは、Sceye機が日本の沿岸上空に展開し、専用アンテナでSoftBankの5Gを補完する。注目すべきは「既存デバイスへの直接データ送信」が含まれる点だ。専用の受信端末を必要とせず、手持ちのスマートフォンへの送信が実現すれば、展開コストが大きく下がる可能性がある。将来的には衛星事業者と連携して、基地局整備が難しい離島・山間部・洋上エリアをカバーする役割も期待されている。
実務への影響——インフラ担当者が今から意識すべきこと
災害対策BCP: 地震・台風で地上インフラが壊滅してもHAPSが成層圏に残れば通信を維持できる。自治体・企業のBCP計画に「成層圏通信」を選択肢として加える議論が現実味を帯びてくる。
農業・物流・海洋分野: 離島や沿岸の広域IoTセンサー、船舶通信、農業用ドローンの制御など、これまで衛星しか選択肢のなかった用途でコスト低減が期待できる。
都市部の容量補完: 大規模イベントや災害時の高密度エリアで一時的なキャパシティ増強に使える可能性もある。
ただし、現時点はテスト段階だ。商用展開に向けたコスト構造・航空規制・運用オペレーションには未解決の課題が多い。中長期のインフラロードマップに「選択肢として存在する」と意識する段階であり、今すぐ発注できる技術ではない。
筆者の見解
地上基地局・低軌道衛星・HAPSと、通信インフラのレイヤーが増えていくのは、全体最適を考えると理にかなった方向性だと思う。どれか一つで全てを解決しようとするのではなく、用途・地域・コストに合わせてレイヤーを使い分ける設計が、結果的に堅牢で経済合理性の高いシステムを生む。
日本は地震・台風と向き合い続ける国であり、基幹通信が止まるリスクは常に存在する。成層圏に常駐できる通信プラットフォームは、レジリエンスという観点で非常に魅力的な選択肢になりうる。特にSoftBankのような大手キャリアがテストパートナーになっているという事実は、単なる研究段階を超えて商用化の道筋を探り始めているサインとして受け取るべきだろう。
今回のテストが成功すれば、国内での実証例として業界全体の議論を加速させるはずだ。「空からの通信」が絵空事ではなくなりつつある現実を、インフラ関係者は今から頭に入れておいてほしい。
出典: この記事は This flying solar-powered platform could deliver better internet from the air の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。