OpenAIは2026年6月、ドナルド・トランプ大統領が署名したAI規制に関する大統領令に準拠し、新AIモデルを一般公開する前に米国政府の審査を受け入れる方針を表明した。Engadgetが6月5日(米国時間)に報じた。
大統領令の経緯:90日から30日へ、「義務」から「要請」へ
今回の大統領令は、先進AIモデルの安全性を確保するための政府監督の枠組みを定めるもの。当初の草案では、企業が公開90日前にモデルを政府へ提出し、自主的に参加するという内容が想定されていた。しかし、大統領のAIアドバイザーを務めるデイビッド・サックス氏やイーロン・マスク氏をはじめとする業界関係者から「技術革新への萎縮効果(chilling effect)をもたらす」との懸念が相次ぎ、トランプ大統領自身も「気に入らない部分がある」と発言したとEngadgetは伝えている。
最終的に署名された大統領令は大幅に修正され、審査期間は30日に短縮。さらに重要な点として、参加は「義務(order)」ではなく「要請(request)」という位置付けに変更された。審査の対象は、高度なサイバー能力を持つAIモデルのベンチマーク評価と、「対象フロンティアモデル(covered frontier model)」への指定可否の判断に絞られる。この指定を受けた場合、当該モデルの流通・販売に制限がかかる可能性がある。
OpenAI「民主主義政府には大きな役割がある」
OpenAIの国際政策責任者を務めるジョージ・オズボーン氏は、CNBCの取材に対して大統領令への準拠を表明した。「民主主義政府がこの技術の利用・展開においていかに大きな役割を担うかは、まったくもって正当なことだ」と述べた上で、「政府には強力な規制機関を設立しつつも、将来の運用に向けて柔軟性を持たせることを提案している」と語り、硬直した規制よりも適応性のある枠組みの重要性を強調した。
「骨抜き」との批判も
一方、規制の実効性を疑問視する声も上がっている。バージニア州選出のドン・ベイヤー下院議員(民主党)は「これは不十分な政策であり、トランプ政権がAI開発において『無法地帯(wild west)』環境を生み出してきた広範なパターンを反映している」と批判したとEngadgetは報じている。強制力のない「要請」ベースの枠組みでは、潜在的に危険なモデルを効果的に規制できないとの懸念だ。
EU(欧州連合)のAI法(AI Act)が包括的な義務規定を持つのと比較すると、米国の現在のアプローチは業界の自主性に大きく依存した設計といえる。
日本市場での注目点
今回の動向は、日本の企業・開発者にとっても対岸の火事ではない。
グローバルAIガバナンスへの波及: 米国の規制枠組みが整備されることで、日本のAI政策にも間接的な影響が及ぶ可能性がある。日本政府は2024年以降、AI利活用の促進と安全性確保のバランスを模索しており、米国・EUの動向は政策策定の参照点となっている。
企業利用への実務的影響: 今回の大統領令は主に「フロンティアモデル」を対象としており、一般的なAPIやエンタープライズ向けサービスへの直接的な影響は現時点では限定的とみられる。ただし、規制対象モデルの指定範囲が今後広がった場合、利用可能なAPIや機能に変化が生じる可能性は念頭に置いておく必要がある。
「要請」ベースの現実: 今回の枠組みが強制力を持たない「要請」である点は、規制の実効性を考える上で重要だ。参加するかどうかの判断は各社に委ねられており、実際のモデル安全性評価がどこまで機能するかは今後の運用次第といえる。
筆者の見解
AIガバナンスの議論が制度レベルで動き出したことは、技術の社会実装が一段階進んだことを示す指標として前向きに受け止めたい。「禁止か許可か」の二項対立ではなく、評価・認証の枠組みを整備しながら技術の発展を促すアプローチは、方向性として間違っていない。
気になるのは、今回の修正プロセスだ。90日→30日への短縮、義務→要請への格下げという経緯を見ると、安全性の議論よりも業界の利便性が優先された印象を受ける。自主規制は「規制として機能しない」ことが多いという歴史的な教訓を、AI分野だけが免れるとは考えにくい。
技術者の立場から言えば、外部からの規制よりも先に「安全に使える仕組みを業界が自ら整備する」ことが理想の姿だ。そのためには、ベンチマーク評価という点的な測定だけでなく、実世界での影響——誤情報の生成、バイアスの増幅、自律エージェントとしての予測不能な挙動——をカバーする包括的な評価軸が必要になる。今回の枠組みがその起点となり、実質的な議論へと深化していくことを期待したい。
出典: この記事は OpenAI will let the US government review its AI models before release の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。