Ars Technicaが2026年6月4日に報じたところによると、NASAは火星大気探査機MAVEN(Mars Atmosphere and Volatile Evolution)の捜索活動を正式に打ち切り、ミッションの廃止手続きに入ったことを発表した。2013年に打ち上げられ、2014年に火星周回軌道へ投入されたMAVENは、実に11年間にわたって火星大気と太陽風の相互作用を観測し続けた。

何が起きたのか——謎に包まれた通信途絶

2025年12月6日、MAVENは火星の後方に隠れる「オカルテーション」と呼ばれる定期的な通信遮断に入った。所要時間は1時間未満の予定だったが、再び地球と交信できる位置に出てきたはずの時刻になっても、探査機からの応答はなかった。

NASAゴダード宇宙飛行センターのプロジェクトマネージャー、マイク・モロー氏によると、その後の調査でわずかな断片的テレメトリデータとドップラーシフトデータを回収することに成功した。これらのデータが示したのは「探査機が毎分約2.7回転のスピンに入っていた」という事実だ。通常より明らかに速いこの回転により、太陽電池パネルが太陽の方向を向けられなくなり、わずか数時間でバッテリーが完全放電したと推測されている。

「電力が維持できない状態に達した可能性が高い。これが我々の知る事実だ」とモロー氏は述べた。なぜ探査機が急激なスピンに陥ったのか、原因の特定はいまだ困難な状況にある。

MAVENが残した11年間の科学的遺産

本来のプライムミッションをはるかに超えた11年間の観測で、MAVENは火星科学に多大な貢献を果たした。代表的な成果として、2024年5月に撮影された「火星の夜側に広がるオーロラ」の画像が挙げられる。搭載された紫外線分光器(IUVS)が捉えた鮮やかな紫色の発光は、太陽嵐と希薄な火星大気との相互作用を視覚的に示した貴重なデータとなった。

「チームは愛する人を失ったような体験をしていると思う」——Ars Technicaが引用したチームメンバーのコメントは、長期ミッションを担う研究者たちの深い喪失感を伝えている。

日本市場での注目点

日本では、JAXAが2024年打ち上げを目指していた火星衛星探査機「MMX(Martian Moons eXploration)」が火星衛星フォボス・ダイモスへの探査を計画している。MAVENが積み上げた火星大気・太陽風相互作用のデータは、将来の有人火星探査を含む長期計画において不可欠な基盤となる。

また、「探査機が突然スピンして電源喪失」という事象は、深宇宙探査における姿勢制御系の堅牢性という普遍的な技術課題を浮き彫りにする。地球から2億マイル以上離れた機体への直接介入が不可能な環境では、いかにフォールトトレラントな設計を実現するかが今後も重要な研究テーマとなる。

筆者の見解

今回のMAVEN喪失で印象的なのは、原因がいまだ特定できていない点だ。断片的なデータから「異常回転→電力喪失」というシーケンスは推定できても、「なぜ回転したのか」は謎のまま。地上から光速でも片道約11分かかる距離での運用では、異常発生から対応まで現実的には間に合わない。この制約は今後の深宇宙探査機設計において、より高度な自律異常対応機能(Fault Protection)への投資の必要性を示唆している。

11年という運用期間は当初計画をはるかに上回る成果であり、チームの技術力の高さを証明している。その探査機が「静かに消えた」結末は惜しいが、残されたデータは火星科学を確実に前進させた。次世代の探査機がMAVENの知見を引き継ぎ、さらなる謎に挑むことを期待したい。


出典: この記事は After 11 years at Mars, NASA’s MAVEN spacecraft went out with a whisper の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。