米テクノロジーメディア Ars Technica は2026年6月3日、トランプ大統領がフロンティアAIモデルの自発的安全性試験を拡大する大統領令(EO)に署名したと報じた。しかし同メディアのAshley Belanger記者によると、専門家からは「実質を伴わないパフォーマンス」との批判が相次いでいる。

なぜこの大統領令が注目されるのか

今回の大統領令は、米国政府がフロンティアAIモデルのセキュリティリスクをどう管理するかという問いに対するトランプ政権の公式な回答だ。AI企業への法的義務は一切設けず、参加はあくまで任意(voluntary)という立付けで、「過剰な規制でイノベーションを妨げない」方針を明言している。

大統領令の主な内容は以下のとおりだ。

  • NSAによる機密ベンチマーク策定:「カバード・フロンティアモデル」の指定基準を定める機密評価プロセスを構築
  • サイバーセキュリティクリアリングハウスの設置:CISAと財務省と連携し、脆弱性のスキャン・パッチ体制を整備
  • 自発的な試験フレームワーク:AI開発者が自主的にモデルを提出できる安全性試験の枠組みを構築

Ars Technicaが報じたところでは、当初の草案では政府がモデルの信頼パートナーへのリリース90日前にアクセスを求める内容だったが、署名された版では30日間に大幅短縮された。トランプ氏自身が「AI競争でのリードを失いかねない」と判断したためとされる。

Ars Technicaが指摘する構造的問題点

Ars TechnicaのBelanger記者によると、批評家が最も問題視するのは「試験を実施する能力そのものの欠如」だ。

大統領令は30日以内に試験プロセスの立ち上げを指示する一方、人材採用については60日間の猶予を人事管理局(OPM)に与えている。試験開始時点で専門人材がまだ揃っていないという矛盾が生じている。

この問題をさらに深刻にしているのが、DOGE(政府効率化省)による大規模な連邦政府人員削減だ。安全保障・サイバーセキュリティ分野の専門家も大量に削減された後に、「AIの安全性を試験できる人材を短期間で集める」という計画になっている。Ars Technicaの報道によれば、Politicoの情報源も、最終版に至るまでサイバーセキュリティ専門家と規制緩和推進派の間で政権内部の対立があったことを確認している。

資金面も不透明で、大統領令は行政管理予算局(OMB)に「利用可能な連邦助成金プログラムを探すよう」指示するにとどまっており、専用の予算措置は現時点で示されていない。

日本市場での注目点

今回の大統領令は米国国内の政策だが、日本市場にも無視できない影響がある。

グローバルAIガバナンスの分岐点:米国が任意参加・規制最小限のアプローチを選んだことは、EU AI Act(義務的な安全要件を定める)との方向性の違いを鮮明にした。グローバルに展開するAIサービスのコンプライアンス環境が複雑化する可能性があり、日本企業が海外AIサービスを導入する際の判断材料として注目すべき動向だ。

日本独自の安全性評価体制:日本政府は「AIセーフティ・インスティテュート」を設立し、独自の安全性評価の枠組みを構築しつつある。米国の方針が緩和方向に振れた今こそ、日本独自のAI安全性評価能力の充実が一層重要になる局面だ。

国内企業のガバナンス対応:米国発のAIモデルを業務に活用している日本企業は、「政府が実効性のある安全確認を行っていない前提でのリスク管理」をより主体的に整備する必要が高まっている。

筆者の見解

今回の大統領令で最も気になる点は、「宣言と実施能力のギャップ」だ。安全性試験は高度な専門知識を要する作業であり、30日でプロセスを立ち上げながら人材採用に60日かける、という設計は技術的に成り立ちにくい。

任意参加という枠組みも問題だ。「自分のモデルは試験不要」と判断したベンダーがそのまま市場に出せるなら、枠組みを作った事実が先行して実質的な安全確認は機能しない——という状況になりかねない。AIが社会インフラに組み込まれる速度が上がる中、その安全確認体制は技術開発と並走させなければならない課題のはずだ。

試験窓口を90日から30日に縮めた判断には「AI競争の速度を落としたくない」という意図があるとされるが、速さと安全性の両立を本気で追求するなら、むしろ早期に十分なキャパシティを確保することが近道だ。枠組みの「存在」だけでなく、実際に機能するかどうかの継続的な検証が今後の焦点になる。


出典: この記事は Trump plan to test AI models has a problem—US security teams were gutted by DOGE の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。