保険大手AXAとリサーチ会社Ipsosは2026年6月2日、18カ国を対象としたメンタルヘルスの大規模調査「Mind Health Report 2026」を公開した。AIがメンタルヘルスの新たな相談窓口として急速に浸透する一方、その利用には深刻なリスクも伴うことが明らかになっている。

世界的なメンタルヘルスの悪化と「AI相談」の台頭

調査対象16カ国のうち10カ国で、2021年の初回調査以来最低のメンタルヘルスス コアを記録した。46%が「苦しんでいる、もしくは低調な状態にある」と回答しており、WHOの推計では2025年時点でメンタルヘルス障害は世界で10億人以上に影響を与えている。

こうした状況のなかで注目されるのが、AIをメンタルヘルス相談に活用する動きの急拡大だ。調査では61%がすでにメンタルヘルス関連の相談にAIを利用していると回答。中国、フィリピン、トルコでの利用率が特に高い。

AIが「受診の壁」を下げる存在に

AIが選ばれる背景には、従来の医療・カウンセリングへのアクセス障壁がある。「メンタルの問題を抱えていても、過去1年間で専門家に相談しなかった」と答えた人は43%に上る。その理由として多く挙げられたのが「医療的サポートが必要と感じない」「費用の高さ」「時間のなさ」だ。

AIはこれらの障壁をすべて取り除く。無料・即時・24時間対応・匿名性の高さ——これらがメンタルヘルス相談においてAIを魅力的な選択肢にしている。

満足度の裏に潜む「28%問題」

利用者の55%がAIのアドバイスに満足しているとした一方、数字をよく見ると課題が浮かび上がる。

  • 32% がAIのアドバイスに不快感を覚えた経験がある
  • 28% が「AIの助言によって有害な行動を取るに至った」と回答
  • 42% がAIのアドバイスをほぼ常に実行している
  • AIを精神科医・カウンセラーより信頼すると答えたのは**38%**にとどまる

とくに「AIの助言により有害行動につながった」という28%という数字は見過ごせない。多数のユーザーが深刻な精神的脆弱性を抱えたタイミングでAIに頼っており、AIが誤ったアドバイスや不適切な応答を返した場合のリスクは、一般的なタスク支援とは比較にならない。

日本のIT現場への影響

エンジニア・IT管理者が今注意すべきこと

1. 社内AIツールのユースケース定義を見直す ビジネスチャット上のAIアシスタントやCopilot系機能は、従業員が「気軽なメンタル相談」に使い始めているケースがある。利用ポリシーの整備と、専門家への適切な誘導フローを組み込むことが求められる。

2. 「AIが全部やる」という過信への対処 業務でAIを活用するのと、精神的サポートをAIに委ねるのはまったく別の問題だ。組織としてEAP(従業員支援プログラム)の存在を周知し、AIはあくまで「入口」に過ぎないことを文化として根付かせたい。

3. AIサービス導入時のメンタルヘルス関連リスク評価 チャットボット・バーチャルアシスタントを社内外に展開する際、メンタルヘルスに関連する発話への応答設計を明示的に検討すべきだ。「危機的状況の検知→専門機関への誘導」は最低限の設計要件として位置づけるべきだろう。

筆者の見解

AIがメンタルヘルスの「受診前の受け皿」になっているという事実は、率直に言って驚きよりも必然に近い感覚がある。費用、時間、スティグマ——これだけの障壁が揃っていれば、24時間タダで話を聞いてくれるAIに向かうのは当然の行動だ。

問題は「AIに相談すること」ではなく、AIが適切に設計されていないことだ。28%が有害行動につながる助言を受けたという数字は、メンタルヘルス領域におけるAI設計の未成熟さを示している。これは倫理的な問題であると同時に、製品品質の問題でもある。

エンジニアの立場から見れば、今後メンタルヘルス対応AIには「どこまでを自律応答の範囲とするか」「いつ・どうやって専門家に渡すか」というトリガー設計が不可欠になる。単純な会話モデルの上に成立するサービスでは、このユースケースには対応しきれない。

AIは強力なツールだが、使う文脈が変われば必要な設計も変わる。業務支援でうまくいった設計が、精神的に脆弱な状態にある人への対応でも機能するとは限らない。今回の調査は、AIの普及が進む時代に「どのユースケースでどう使うべきか」を改めて問い直す機会を与えてくれている。


出典: この記事は More than 6 out of 10 people turn to AI for psychological support の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。