AI技術の普及に対する社会的反発が深まるなか、米国の連邦法執行機関が新たな国内監視対象を設定していたことが判明した。WIRED.comのダニエル・ボグスロー記者が入手した1,000ページを超える未公開文書により、国土安全保障省(DHS)、FBI、および連邦・州・地方の情報共有拠点「フュージョンセンター」が「反テク過激主義者(anti-tech extremists)」を新たな脅威カテゴリとして扱い始めていることが明らかになった。Ars Technicaが2026年5月27日に報じた。
なぜいまこの動きが注目されるのか
WIREDの報道によれば、この監視体制が生まれた背景には、複数の社会的事件が重なっている。AI企業のCEOを標的にした暴力事件、データセンターを狙った全国規模の抗議運動、そしてAIによる雇用喪失への不安の高まりだ。
さらに政策的な文脈として、トランプ大統領が署名した「国家安全保障大統領覚書7号(NSPM-7)」がある。これは司法省に対して「反米的」「反キリスト教的」「反資本主義的」な信条を持つ者を標的にするよう指示するものであり、今月初めにはテロ対策責任者セバスチャン・ゴルカ氏が「左翼過激主義は米国が直面する3大テロ対策優先事項のひとつ」とする公式戦略を発表した。WIREDは、こうした政権の政策指令が既存の国内監視装置を乗っ取り、ホワイトハウスのイデオロギーに反する言論・集会を犯罪化しようとしていると批判的に報じている。
WIREDが指摘する核心的な問題
WIREDが入手した文書のなかでも特に注目されるのが、ニューヨーク州インテリジェンス・テロ対策局の報告書だ。そこには「今後5年間でAI技術の普及により生じる混乱が、大規模な抗議活動や反テク暴力過激主義活動(anti-tech violent extremism)を引き起こす可能性がある」と明記されている。
WIREDの調査によれば、「反テク暴力過激主義」という表現はDHS・FBIのこれまでの公式資料には一切登場しない新概念だ。また同文書では「AIに関する妄想的見解(paranoid views regarding AI)」が広まるリスクにも言及し、「ジジアン(Zizian)」と呼ばれるグループの裁判後にこうした見解が拡散する懸念が述べられている。このグループは「神に近い形態のAIの到来が差し迫っている」という極端な信念のもと、メンバー3名が殺人罪で起訴されているという。
WIREDが問題視するのは、このカテゴリの定義の広さだ。「AIが社会にもたらすリスクを懸念すること」それ自体は、AI研究者や機械学習エンジニア、さらにOpenAI・Google・Anthropicなど最先端AI企業自身が公式に認めている見解でもある。暴力とは無縁の市民的な懸念表明や合法的な抗議活動が、同一カテゴリで監視・記録される可能性が排除できないとWIREDは指摘している。
日本市場・日本社会での注目点
日本国内では現時点で同様の公的監視体制が構築されているとの報告はないが、AI普及に伴う社会的摩擦は日本でも確実に存在する。
- 雇用への不安: 内閣府や厚生労働省もAIによる雇用影響の調査を継続しており、特にホワイトカラー層・士業への影響が議論の俎上に上がっている
- データセンター建設への反発: 大規模な電力消費・土地利用を伴うデータセンター計画に対し、地域住民からの反対運動が国内複数地点で発生している
- AI規制議論の加速: EUのAI法を参考にした国内規制の設計が議論されており、産業政策と市民保護のバランスをどう取るかが問われている
米国での動向は「AI普及がどれほど深い社会的分断を生みうるか」を先行して示す事例として、日本の政策立案者・企業にとっても無視できない参照点だ。
筆者の見解
AI技術への反発を「過激主義」として一括管理しようとする動きは、筆者として懸念を持って見ている。
AIが引き起こす変化のスピードは確かに速く、雇用や権力構造への影響は現実のものだ。その不安や怒りを感じること自体は至って正常な社会的反応といえる。問題はその先の行動であり、暴力行為が許容されないのは言うまでもない。しかし合法的な抗議活動や懸念の表明まで「広すぎる網」で監視対象に含めることは、かえって技術への信頼醸成を遠ざける。
技術業界の側からも、今回の報道は重要な示唆を含んでいる。AIの普及を社会に根づかせるには、反発を取り締まることより「不安をどう正面から受け止めて建設的に変えるか」が問われる。企業・組織において従業員のAIへの不安を封じ込めようとすれば、長期的な信頼コストのほうがはるかに高くつく。「禁止」ではなく「安全に使える仕組みと対話」こそが唯一持続可能な道だと考える。
AI推進側も反対側も、お互いの主張が聞こえる空間を守ることが、最終的には技術の健全な発展に不可欠だ。今回のWIREDの報道が、その対話の質を高める契機になることを期待したい。
出典: この記事は US law enforcement warns of “anti-tech extremism” as AI hatred grows の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。