AIツール導入の「成果」をトークン使用量で競わせる——そんな歪んだKPI「Tokenmaxxing」が登場し、ソフトウェアエンジニアリングの現場に波紋を広げている。米国のソフトウェアエンジニアリングマネージャー、Brian Meekerが自身のブログで、AIポリシーの必要性とその具体的な内容を公開した。
「Tokenmaxxing」とは何か
Tokenmaxxingとは、企業がAIツールの導入を促進するために、チーム内でトークン使用量のリーダーボードを作成し、誰が一番多くトークンを消費しているかを競わせるという手法だ。
表向きは「AIを積極的に使っているか」の指標だが、実態は即座に「ゲーム」された。エンジニアたちはトークンを無駄遣いするループを作成してリーダーボードのトップに立つか、「使っているように見せる」程度のトークン消費に留めて本当の使用状況を隠すかのどちらかを選んだ。
Meekerはこれを「虚栄の指標が指導力を装ったもの」と一刀両断する。20年以上前にストップウォッチで作業時間を計測しようとして失敗した管理職の話を例に挙げ、「計測されれば人の行動は変わる。本質から乖離した指標を設定すると、そこに向けて最適化される」という普遍的な教訓を改めて提示している。
Meekerチームの「AIポリシー」4原則
Meekerは自身のチームに向けてAIポリシーを策定し、4つの原則を明示した。
1. AIツールの使用義務はない
AIツールを使うかどうかはエンジニアの判断に委ねる。使用量でレビューされることはない。ただし、この技術が業界に与えるインパクトは無視できないため、動向を継続的に把握することは求める。
2. AIが生成したコードを理解すること
AIが書いたコードをそのまま貼り付けることは禁じていないが、そのコードが「何をしているのか」を説明できなければならない。コードのオーナーシップはあくまで人間にある。
3. AIツールなしでも仕事ができること
AIツールが突然使えなくなっても、業務を継続できる能力を維持する。ツールへの過度な依存はリスクであり、成長の停滞にもなりうる。
4. チームとお客様を大切にすること
最終的に仕事の目的は顧客の課題を解決することだ。Tokenmaxxingのような指標は、この本質から目を逸らさせる。
日本のIT現場への影響
このポリシーが示す問題意識は、日本のIT現場にも直接当てはまる。
「とにかくAIを使え」という圧力への対処
ChatGPTやGitHub Copilotの普及に伴い、「AI活用推進」を名目にした曖昧な指令が増えている。しかし何をもって「活用した」と判断するのか不明確なまま現場に丸投げされるケースが多い。Meekerのアプローチは、指標より「哲学」を先に定義する重要性を示している。
コードレビューの質が変わる
AIが生成したコードを「理解せずにマージ」するケースは国内外で既に問題になっている。「AIが書いたから自分は責任を持たない」は通用しない。レビュアーも作成者も、コードの中身を追える技術力を維持し続ける必要がある。
「禁止」ではなく「ガイドライン」で管理する
AIツールを禁止する企業は今でも多いが、その場合も裏で勝手に使われるだけだ。Meekerが実践したように、公式のポリシーとして「何のために使うか」「何をしてはいけないか」を定義することが現実的な解だ。禁止は最も手っ取り早く、最も機能しないアプローチである。
筆者の見解
「Tokenmaxxing」という言葉は笑えないほどリアルだ。トークン使用量を競わせるという発想は、本質を理解していないマネジメントが数字に頼ろうとした結果の典型例だろう。
Meekerのポリシーで最も評価したいのは、「AIを使わなくてもいい」という選択肢を明示した点だ。「AIを使え」という圧力を一旦脇に置き、エンジニアが自分で判断する余地を残している。強制された道具は使い方が荒くなる。道具を信頼して選ぶ環境を整えることが、長期的な生産性に繋がる。
一方で、3番目の原則「AIなしでも仕事ができること」については、少し違う見方もできる。基礎力の維持は重要だ。しかし変化の速さを考えると、「AIなしでできること」を維持するコストが高くなりすぎる局面も来るだろう。AIが前提のワークフローを設計する力こそ、次世代のエンジニアに求められるスキルになっていく、というのが筆者の見立てだ。
チームにAIポリシーが存在しない、あるいは「とにかく使え」だけのままなら、この記事をきっかけに自分たちの哲学を言語化することを強くお勧めしたい。哲学のない活用は、ツールを使っているのではなく、ツールに使われているだけだ。
出典: この記事は Have a Coherent AI Policy の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。