Ars Technicaが5月6日に報じた記事によると、SpaceXは世界で最も打ち上げ実績を持つロケット「Falcon 9」から次世代機「Starship」への移行を本格的に開始している。これはFalcon 9が老朽化したからではなく、月・火星探査、軌道上データセンター、次世代Starlinkネットワークといった野心的な計画を実現するための戦略的シフトだ。

Falcon 9の打ち上げ回数が初めて「意図的に」減少

2023年に96回、2024年に134回(Falcon Heavy含む)、2025年に165回と打ち上げ実績を積み上げてきたFalcon 9だが、Ars Technicaによれば2026年はその数が初めて減少に転じる見込みだ。SpaceX社長のGwynne Shotwell氏はTime誌のインタビューで「おそらく140〜145回程度になるだろう」と明言。「今年もまだ多くの打ち上げがあるが、以前ほどではない。そしてStarshipが本稼働するにつれてFalconは徐々に減っていく」と語っている。

拠点の再編——Kennedy Space CenterはStarship専用へ

Ars Technicaの報道が伝えるもっとも具体的な変化がフロリダ州ケープカナベラルだ。NASA Kennedy Space Centerの「発射台39A(LC-39A)」はStarship打ち上げへの改修が進んでおり、Falcon 9の定期打ち上げローテーションから外れた。スペースシャトルの最終飛行でも使用されたこの歴史的施設が、次世代ロケットの玄関口へと生まれ変わる。

また、SpaceXはフロリダ沖に配備していた洋上着陸プラットフォーム(ドローンシップ)の1基を退役させ、テキサス州の工場からフロリダへStarshipとSuper Heavyブースターを輸送する船に転用することを決定した。SpaceXのKiko Dontchev副社長はXへの投稿で「東海岸ではもはや2基のドローンシップは必要ない」と述べており、Falcon 9の東海岸における運用密度が明らかに低下していることが見て取れる。

Vandenberg基地が新たな主力打ち上げ拠点へ

Falcon 9の打ち上げ主力拠点として浮上しているのがカリフォルニア州のVandenberg Space Force Baseだ。同基地では最短3〜4日間隔でFalcon 9の打ち上げが可能で、今後はStarlinkを中心とした衛星打ち上げがここに集中する見通しだとArs Technicaは伝えている。フロリダのケープカナベラルは今後、月に1〜2回程度のペースに落ち着く可能性が高いという。

日本市場での注目点

この移行が日本に最も直接的な影響を与えるのは、Starlinkサービスの長期的な品質・コスト動向だ。Falcon 9でのStarlink衛星打ち上げは当面継続されるが、Starshipが実用化されれば1回の打ち上げで展開できる衛星数が大幅に増加し、サービス品質の向上とコスト低下が期待できる。日本では農村部や離島のブロードバンド手段としてStarlinkの注目度が高く、楽天コミュニケーションズや法人向けプランでの導入事例も着実に増えている。Starshipの実用化はそうした国内サービスのさらなる拡充に直結する動きだ。

また、日本のロケット産業にとっても、SpaceXが「実績十分なロケットをあえて減らしてでも次世代に集中する」という経営判断は示唆深い。H3ロケットの本格運用を進めるJAXA・三菱重工をはじめ、国内宇宙ベンチャー各社も、単発ロケットの完成度追求にとどまらず、より大きなシステム・サービス観点での戦略設計を問われる時代が近づいている。

筆者の見解

Falcon 9は「道のド真ん中」を歩んできたロケットだ。奇をてらわない再利用設計と、圧倒的な打ち上げ頻度による信頼性の積み上げ——ベンダーの推奨する手法を地道に実践し続けた結果が、競合を寄せ付けない実績を生み出してきた。

そのFalcon 9を意図的に「卒業」しようとしている点は、戦略論として興味深い。Starshipはまだ開発途上であり商業実績も限られているが、月・火星探査や軌道上データセンターという次のフロンティアを見据えれば、Falcon 9という完成された「部分最適」に留まるのではなく、より大きなプラットフォームへ乗り換える判断は理にかなっている。

「部分最適を積み重ねても全体最適には至らない」——SpaceXはその原則を宇宙産業のスケールで実践している。日本の衛星サービス事業者から国内ロケットベンチャーまで、この移行のペースと帰趨は引き続き注視に値するだろう。


出典: この記事は SpaceX is starting to move on from the world’s most successful rocket の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。