自動車・技術メディア「Ars Technica」が2026年5月5日に報じたところによると、オランダの車両規制当局RDW(オランダ道路交通局)がテスラの自動運転支援システム「FSD(Full Self-Driving)」をオランダの公道で使用することを承認した。RDWはこの承認結果をEU他加盟国に提示し、追随承認を求めているが、ロイターが入手したメールによると複数の欧州規制当局は依然として懐疑的な姿勢を崩していない。
なぜ欧州展開がそこまで重要なのか
Ars Technicaが背景として詳しく解説しているが、テスラCEOイーロン・マスク氏の報酬契約には「今後10年でFSDサブスクリプション1000万件以上」という目標が組み込まれている。現在の株価換算で約1.7兆ドル相当の株式取得に直結するため、人口4億5000万人の欧州市場は単なる販売機会ではなく、会社の命運を左右する戦略的な要衝だ。
中国とEUは米国と異なり、製品の市場投入前に当局の事前承認を義務付けている。北米で企業の自己申告を基に展開できるモデルは、欧州ではそのままでは通用しない。
欧州版FSDは「北米版とは別物」
Ars Technicaのレビューによると、RDWが承認したFSDは北米版と仕様が大きく異なる:
- より保守的な走行挙動:速度・加減速ともに制御が厳しい
- 頻繁なドライバー監視:ハンドルに手を添える準備を常に求められる
- 機能制限:サモン(遠隔呼び出し)なし、市街地での使用は非対応
- 規制準拠:UN R-171規格に対応(北米版はまだ非準拠)
RDWはEU域内で160万km超の走行データ、1万3000件の同乗テスト、膨大な書類審査を経て18ヶ月かけて承認にたどり着いた。
他のEU規制当局が示す具体的な懸念
ロイターが入手したメールには、各国担当官の率直な声が記録されている。
スウェーデンの担当官は「システムが速度制限を超えるようプログラムされていたことに大変驚いた」と述べ、承認には同意できないと示唆。さらに「FSD(Full Self-Driving=完全自動運転)」という名称が消費者に誤解を与えるリスクについても問題提起した。名称の誤解問題は批評家が長年指摘してきた論点でもある。
フィンランドの担当官は、氷結した時速80km道路でのハンズフリー走行の安全性に疑問を呈し、大型動物との衝突(スウェーデンのムーステストで有名な問題)についても懸念を示した。
またロイターによれば、RDWの承認発表直後、テスラがスウェーデン規制当局に対し関連書類のレビュー完了前から承認を求める積極的なロビー活動を行っていたことも明らかになっている。
EU全体への適用を決める技術委員会の投票は早くて今夏(7月)、遅くとも秋(10月)の見込みで、27加盟国中15ヶ国の賛成が必要だ。
日本市場での注目点
日本市場ではテスラのオートパイロット機能は法規制に準拠した形で提供されており、北米版FSDのフル機能は現時点で利用できない。欧州の承認プロセスと日本の規制対応は直接リンクしていないが、EU規制当局が採用した「走行データ160万km+同乗テスト1万3000件」というアプローチは、今後の国際的な自動運転認証の一つのモデルになる可能性がある。
価格面では北米が月額99ドル、欧州が月額99ユーロ。日本での本格展開が実現する場合も月額課金モデルが基本になると予想される。競合では、ソニーホンダのAFEELAや国内OEMの運転支援システムも進化しているが、実走行データ量とAI開発リソースではテスラが依然として大きなアドバンテージを持つ。
筆者の見解
RDWの18ヶ月・160万kmという審査プロセスは、消費者保護と技術普及のバランスを取る上で参照価値のある事例だ。スウェーデンやフィンランドが指摘する冬季性能や速度制限への対応は、現地の道路環境を熟知した当局ならではの真っ当な技術的懸念であり、ロビー活動で押し切れる性質のものではない。
「FSD」という名称の問題は日本でも他人事ではない。「完全自動運転」という言葉が持つ印象と実際の機能レベルのギャップは、ユーザーの信頼を損なうリスクを内包している。「禁止か全面解禁か」ではなく、データに基づいた段階的な展開と透明性のある命名こそが、自動運転技術の社会実装を長期的に前進させる道だろう。
テスラが欧州での走行データを着実に積み上げていることは評価できる。技術の実力で真正面から規制当局を説得するプロセスを経ることで、得られる信頼は長期的な資産になる。今夏の投票結果が注目される。
出典: この記事は Musk’s Europe gamble: Will others follow the Dutch and approve FSD? の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。