Ars Technicaが2026年5月、Fordがカリフォルニア州ロングビーチに構える「Electric Vehicle Development Center(EVDC)」の内部取材レポートを公開した。税制優遇の廃止、関税による部品コスト上昇、そしてHondaが量産直前だった3モデルのEVを全廃するなど逆風が続く米国EV市場において、Fordが「3万ドルの電動ピックアップトラック」を実現するために稼働させている極秘開発拠点の全貌が明らかになっている。

なぜこの開発拠点が注目されるのか

現在の米国EV市場は、連邦税額控除の廃止と関税コスト増という二重苦にさらされている。業界全体が縮小方向に向かう中、Fordは撤退を選ばなかった。2025年末に発表した「Universal Electric Vehicle(UEV)」プラットフォーム——すべての電動車両を共通基盤で展開するための高度にモジュール化されたアーキテクチャ——を軸に開発を継続している。その中核を担うのがEVDCだ。

スカンクワークスという開発手法

EVDCのコンセプトは、航空宇宙産業に由来する「スカンクワークス」だ。1940年代にLockheed Martinが設けた高度に自律的な極秘開発組織で、P-38やU2偵察機、SR-71ブラックバードを生み出したエンジニア、Kelly Johnsonが提唱した14のルールで有名だ。

その第1原則は「プログラムマネージャーには実質的に完全な権限を委ねよ」——官僚的な承認フローを排除し、意思決定を現場に委ねることで開発スピードを最大化する。Ars Technicaの報告によれば、EVDCの責任者はTesla出身のAlan Clarke副社長で、多くのシニアスタッフがTesla経験者という。

海外レビューのポイント

Ars Technicaのレポートは、Long Beach空港近くの外見上は目立たないコンクリート建築の中に設置されたEVDCが、「Ford社内の旧来の官僚主義を打破する」ことを明確な目標として運営されていると伝えている。

評価されている点:

  • Kelly Johnsonの14ルールを実際の組織設計に取り入れ、意思決定の速度を確保している
  • Tesla出身者を積極登用し、EV開発ノウハウを直接取り込む現実的な人材戦略
  • UEVプラットフォームによる共通基盤戦略で、コスト削減と開発スピードの両立を図っている

気になる点:

  • 3万ドルという目標価格は野心的だが、現在の関税環境・部品調達コストを踏まえると実現性には疑問符が残る
  • スカンクワークス体制がFord全体の体質改善につながるのか、それとも「特別な空間」として孤立するのかはまだ不透明

日本市場での注目点

日本においてFordのピックアップトラックは一般的な選択肢ではないが、この「3万ドルEV」という目標設定の意味合いは見逃せない。BYDをはじめとする中国系メーカーが低価格帯EVで存在感を高める中、米国の老舗メーカーが正面から価格競争に挑む構図は、グローバルなEV市場再編の文脈で注目される。

FordのUEVプラットフォームの発想——共通基盤で複数車種を展開するモジュール戦略——は、トヨタのe-TNGAやホンダのeプラットフォーム3.0と同じ方向性だ。日本のメーカーもこの競争から無縁ではなく、プラットフォーム戦略の巧拙が今後のコスト競争力を大きく左右するだろう。

筆者の見解

Fordがスカンクワークス体制でUEVプラットフォームを開発しているというアプローチは、方向性として正しいと思う。標準的で再現性の高い共通基盤で複数の車種を展開する——これはソフトウェアの世界でも自動車の世界でも王道であり、部分最適の積み重ねで全体が非効率になるリスクを避けるための合理的な判断だ。

Tesla出身者を積極活用している点も現実的だ。外部の知見を取り込み組織を変えようとする姿勢は評価できる。Fordには底力がある。

ただし、3万ドルという価格目標については、現状の関税環境が続く限り楽観的すぎる印象は拭えない。EVDCの成果が本当に量産車として市場に届くのか——「スカンクワークスで開発した技術が、そのままFordの量産ラインに乗るか」という問いへの答えが、このプロジェクトの本当の評価軸になるだろう。正面から勝負できる力があるFordだからこそ、成果を出してほしい。


出典: この記事は How do you design a $30,000 electric pickup? Inside Ford’s skunkworks. の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。