Tom’s Guideが2026年5月1日に報じたところによると、AdGuardが開発したオープンソースVPNクライアント「TrustTunnel」のiOS版が、ロシアの通信規制当局Roskomnadzor(ロスコムナゾール)の要請を受け、ロシアのApp Storeから削除された。Appleは2026年4月28日付けでAdGuardに通知を送付し、「ロシアで違法なコンテンツが含まれている」として情報技術に関するロシア法第15.1条を根拠に削除を行った。
TrustTunnelとは何か
TrustTunnelはAdGuardが2026年1月にリリースしたオープンソースのVPNプロトコルだ。通常のHTTPSトラフィックを模倣し、DPI(ディープパケットインスペクション)による検出に抵抗するよう設計されている。AdGuard VPNの基盤技術として使われているほか、他の開発者が自由に利用できるようGitHubでソースコードが公開されている。
AdGuardの反論と現状
AdGuard側は今回の削除に強く異議を唱えている。「サーバーなしに単体では事実上無意味なツールであり、それ自体が規制を回避するものでも、禁止コンテンツを含むものでもない。企業VPNインフラや個人のセキュアな接続など、幅広い正当な用途で使われている中立ツールだ」と主張している。
Tom’s Guideの報道によると、今回の削除はiOSのロシアApp Storeのみが対象で、グローバル版は引き続き利用可能だ。またロシアのAndroidユーザーはGoogle Play経由でダウンロードできる状態が続いている。既存ユーザーはアプリを引き続き利用できるが、アップデートの受け取りは不可となる見込みだ。
ロシアのVPN規制はどこまで拡大しているか
今回の削除は孤立した事案ではない。同記事によると、2024年7月にはAdGuard VPN本体を含む多数のVPNアプリがロシアのApp Storeから一括削除されており、その後Roskomnadzorは規制対象を主要VPNサービスにとどまらず、カスタムVPNクライアントやプロキシアプリにまで広げている。
さらに、ユーザーのデバイスにVPNアプリが存在するかのスキャンが実施されているほか、国際データ通信(事実上VPNトラフィック)への課金制度の導入も報じられている。TrustTunnelのソースコードはGitHub上で今も公開されているが、それは削除要請を免れる理由にはならなかった。なお、VPN自体はロシアで法的に違法とはされていないものの、実態として重大な制約がかかっている状況だ。
Appleはこれまでも、ロシア政府の削除要請に対して公式なコメントや目立った抵抗なく応じており、Tom’s Guideは「このパターンは確立されており、AdGuardの事例は、制限回避機能を持たないツールでも適用が免れないことを示している」と指摘している。
日本市場での注目点
今回のケースは日本のユーザーへの直接の影響はない。ただし、インターネットガバナンスとオープンソースソフトウェアの関係という点で注目に値する。
VPNは日本でもリモートワーク環境のセキュリティ強化や公共Wi-Fi利用時の通信保護として広く利用されている。AdGuardは日本向けにもサービスを提供しており、TrustTunnelプロトコルも日本からは引き続き利用可能だ。
一方、企業の情報システム部門にとって示唆的なのは「採用するVPNプロトコルやクライアントが、展開先の国の規制にどう引っかかりうるか」という視点だ。グローバルに拠点を持つ企業が、各国でのVPN/ゼロトラストネットワーク基盤を設計する際に考慮すべきリスク要因として意識しておきたい。
筆者の見解
注目すべきは、今回削除されたTrustTunnelが「それ自体では何も制限を回避しない」純粋なオープンソースのネットワーキングツールだという点だ。HTTPSを模倣するプロトコル設計とDPI回避の潜在的な可能性——その「技術的なポテンシャル」だけで、規制当局の標的となった。
これはもはや「VPNを使う個人ユーザーの問題」ではなく、インフラとしてのオープンソース技術そのものが規制の射程に入りうるという、より根本的な問題提起だ。ゼロトラストネットワークやリモートアクセス基盤を構築する企業は、採用するプロトコルの「技術的性質」が規制当局にどう解釈されうるかまで考慮しなければならない局面が、世界的に増えつつある。
また今回改めて浮き彫りになったのは、App Storeというプラットフォームの国家規制への対応姿勢だ。「App Storeにある=安心」ではなく、「App Storeから消えることも普通にある」という前提でツールを選ぶ視点が、企業のIT調達でも個人の選択でもますます重要になっていく。
出典: この記事は AdGuard’s TrustTunnel iOS client pulled from Russian App Store as VPN crackdown intensifies の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。