AI/データセンター向け製品で存在感を高めるAMD(Advanced Micro Devices)。その品質を支える知られざる拠点が、シンガポールのChai Cheeだ。PC Watchの宇都宮充氏が2026年4月22日開催のワークショップ「Chai Cheeラボツアー」を取材しており、そのレポートからAMDの品質保証体制の全貌が見えてくる。
なぜシンガポールなのか:42年の歴史が生んだ「品質の砦」
AMD Singaporeは1984年、量産拠点として設立された。設立から42年を経た現在、Chai Cheeを含む3拠点(Chai Chee、Changi Biz Park、Tai Seng Exchange)を構え、従業員は1,000人以上にのぼる。特筆すべきはその人員構成だ——エンジニアが全体の**88%**を占め、ビジネスサービスが9%、セールス&マーケティングはわずか3%に過ぎない。
PC Watchのレポートによると、AMD Singaporeの現在の役割は単なる量産拠点から大きく変容している。設計フェーズ(プレシリコン)から検証フェーズ(ポストシリコン)の幅広い領域を主導し、Instinctをはじめとするデータセンター向け全製品のテストおよび信頼性・特性評価を実施。さらに、同社が直接主導しない製造領域にも影響力を持ち、エコシステム全体に貢献する構造となっているという。
シンガポール政府が半導体産業を積極的に後押ししている点も重要な背景だ。人材育成や研究開発への重点投資が、Chai Cheeが「工場」から「エンジニアリングの心臓部」へ変貌を遂げた一因となっている。
PC Watchレポートが明かす5つのテスト設備
PC Watchの宇都宮氏によるラボツアーレポートでは、施設内5エリアの概要が紹介されている(施設内部での撮影は禁止のため、AMD提供写真での紹介となっている)。
System Level Test(SLT)
顧客の使用環境を再現した試験機で検証を実施。OSの起動、診断テスト、AI推論を含むROCmベースのワークロードを実行し、電力供給・熱管理・システムレベルの信号伝送に負荷をかける。ポストシリコン検証の後半段階や大量生産前の品質ゲートに相当する工程だ。
Active Thermal Station(ATS)
デバッグやプログラム開発・検証向けの単一ユニットテスト環境。GPUのホットスポットをリアルタイムで監視しながら、精密な温度コントロールを実現する。
Burn-In(高温動作寿命試験)
高温・高電圧での連続通電により、数週間から数カ月かけて数年間相当の経年劣化をシミュレート。設計マージンの検証や潜在的な欠陥の早期特定に用いられる。
Automated Test Equipment(ATE)
シリコンレベルでの電気的機能を自動検証する装置。ロボットが自動でデバイスをテストし、リーク電流・タイミング不具合・電力異常などを早期に検出する。歩留まり最適化に直結する重要な工程だ。
デバイス/故障解析(Device Analysis / Failure Analysis)
超音波顕微鏡、3D X線顕微鏡、走査型電子顕微鏡を駆使した非破壊・破壊検査の組み合わせにより、ナノメートル単位での構造的欠陥と材料分析を実施。解析結果は設計・製造・テストプロセスへフィードバックされ、継続的な歩留まり向上に活用される。
日本市場での注目点
Chai Cheeで品質が保証されたAMD製品は、日本市場でも広く流通している。コンシューマー向けのRyzenプロセッサはAmazon.co.jpや国内PCパーツショップで購入可能で、データセンター向けInstinctシリーズはクラウドサービスやHPCシステムを通じて国内エンジニアも間接的に活用している。
AI需要の急拡大に伴い、NVIDIAのCUDAに対抗するAMDのROCmエコシステムへの関心も国内で高まりつつある。Chai Cheeのような体系的な品質保証インフラが整備されていることは、エンタープライズ採用を検討する担当者にとって、製品スペック以外の重要な判断材料になり得る。
筆者の見解
今回のPC Watchレポートで最も印象的なのは、AMDがChai Cheeを「製造コストの最適化拠点」ではなく「品質を主導するエンジニアリングの中枢」として位置づけている点だ。エンジニア比率88%という構成は、明確な戦略的意図を示している。
AI/データセンター市場でNVIDIAが圧倒的なシェアを持つ現状において、AMDが真に競争力を持つためには、スペック上の数値だけでなく信頼性・品質・エコシステムの総合力が問われる。Burn-InやATEによる徹底した試験体制は、地味ながら競合との差別化において決定的に重要な要素だ。
とりわけ、SLTでROCmベースのワークロードまで含めてシステムレベルで検証しているという点は注目に値する。ソフトウェアスタックを含めた実環境相当の試験を出荷前に実施するというアプローチは、ハードウェア単体の完成度に留まらない、エコシステム全体への責任感の表れだ。インフラの信頼性がすべての基盤となるAI時代において、このような地道な積み上げこそが長期的な市場シェア獲得につながる。AMDには引き続き、この方向性を貫いてほしい。
出典: この記事は なぜシンガポール?AMD GPU製造の心臓部に潜入してきた の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。