2026年4月、世界の数学界に衝撃が走った。数学の専門的訓練を受けたことのない23歳の青年・リアム・プライス氏が、ChatGPT Proを使って60年間にわたって世界トップクラスの数学者たちが解けなかった「エルデシュ問題」を解いたのだ。しかも、AIが採用したアプローチは人間がかつて試みたことのない完全に新しい手法だった。

エルデシュ問題とは何か

この問題の主役は、20世紀最多の共著論文を持つ奇才数学者ポール・エルデシュが残した未解決問題群の1つだ。対象は「原始集合(primitive sets)」と呼ばれる整数の集合——集合内のどの数も他の数の約数にならないという性質を持つ。素数の集合はすべて自動的に原始集合になる(素数は1と自身以外に約数を持たないため)。

エルデシュはこの集合に「エルデシュ和」というスコアを定義し、2つの予想を立てた。1つ目は「このスコアの最大値は素数の集合が達成する」という予想で、スタンフォード大学のジャレッド・リヒトマン氏が2022年に博士論文で証明した。

問題になったのは2つ目だ。「集合の数が大きくなるほどスコアは下がり、最下限は1に近づく」という予想——この証明にリヒトマン氏を含む多くの著名数学者が挑んだが、誰も突破できなかった。

1プロンプトで突破した23歳

プライス氏がGPT-5.4 Proに送ったのはたった1つのプロンプトだった。AIが返したアプローチは、人間の数学者たちが全員見落としていた全く新しい手法だった。

フィールズ賞受賞者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校のテレンス・タオ教授はこう語った。「人間の研究者たちは全員、最初の一手で微妙に間違った方向に進んでいた。ある種の思考の固定化があったようだ」

これはAIが「単に既存の知識を組み合わせた」のではなく、人間が踏み込まなかった領域へ踏み込んだことを意味する。専門家たちがこの問題について持っていた「常識的なアプローチ」こそが、60年間の障壁だったのだ。

AIが数学において示す本当の強み

この出来事が特別な理由は2つある。

第一に、問題の「難しさの種類」だ。AIがこれまで解いてきたエルデシュ問題の多くは「AI実力の不完全なベンチマーク」と批判されてきた。しかし今回の問題は複数の著名数学者が本気で取り組んでいたもので、その重要性は別格だ。

第二に、「方法の新規性」だ。AIが見つけた手法は今後の同種の問題全般に応用できる可能性を秘めているとされる。単発の解答ではなく、新しい数学的道具を発見したかもしれない。

実務への影響——「先入観を持たない問題解決者」としてのAI

この事例は、日本のエンジニアやIT管理者にも直接的な示唆を持つ。

AIを「確認ツール」ではなく「探索ツール」として使う: 多くの現場でAIは既存の実装の確認や文書作成に活用されている。しかし今回の事例が示すのは、AIに「自分たちが長年解けていない問題」を持ち込む価値だ。組織の中で「なぜか解決しないボトルネック」「誰も良い答えを出せない課題」こそ、AIに投げてみる価値がある。

プロンプトの技術より「持ち込む問題の質」: プライス氏は高度な数学訓練なしに成功した。重要だったのは洗練されたプロンプト技術ではなく、「解くべき問題を明確に定義してAIに委ねた」という姿勢だ。実務でも、問題の構造をきちんと整理してAIに持ち込むことが鍵になる。

「新人の目線」を意図的に作り出す: 専門家の先入観がボトルネックになるなら、あえて「その分野の文脈を持たないAI」に問いかけることで、専門家が見えなくなっていた解法が浮かび上がることがある。チームの中で長年解けていない問題があれば、試してみる価値は十分ある。

筆者の見解

今回の事例で最も印象的だったのは、タオ教授の言葉——「人間たちは最初の一手で微妙に間違えていた」という観察だ。

人間の専門性は強力だが、それ自体が「こう考えるべき」という固定された地図を作り出す。AIはその地図を持たない。これはバグではなくフィーチャーだ。「先入観のなさ」がAIを強力な問題探索エンジンにしている。

一方で、この事例をもって「AIが数学者に取って代わる」と結論づけるのは早計だ。プライス氏の成果はAIが生成したものだが、それが「本当に正しいのか」を検証し、数学界に適切に提示したのは人間だ。問題を選び、提示し、検証し、意味を解釈するループは依然として人間が担っている。

ただ、そのループの中に「AIに問題を委ねる」ステップが加わった意味は大きい。研究者にとっても、ビジネスの問題解決にとっても、「解き方を自分で考える前にAIに投げてみる」という習慣が、長年突破できなかった壁を崩す可能性を持っている。

AI活用の最前線は、「どう指示するか」から「どんな問題を持ち込むか」へとシフトしつつある。その視点の転換こそが、次のブレークスルーを生む鍵になるだろう。


出典: この記事は Amateur armed with ChatGPT solves an Erdős problem の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。