米コーネル大学のドイツ語講師が、学期に一度タイプライターを使った課題を実施し、話題を集めている。AIや翻訳ツールを使った「完璧すぎる答案」が横行する中、アナログ回帰で学生の真の思考力を問おうという試みだ。授業の光景はSNSでも拡散され、全米で広がる「AI封じ」トレンドの象徴として注目を浴びている。しかし、この取り組みの是非を考えるとき、問われているのはツールの問題ではなく、教育そのものの設計ではないだろうか。
タイプライターが教えること
コーネル大学でこの授業を担当するグリット・マティアス・フェルプス講師は、2023年春から手動タイプライターを授業に導入した。中古ショップやネットで数十台を調達し、「アナログ課題」として位置づけている。
ルールはシンプルだ。スクリーンなし、オンライン辞書なし、スペルチェックなし、そして削除キーなし。一度打った文字は取り消せない。学生たちはタイプライターの操作方法すら知らず、キャリッジリターンの「チン」という音の意味を初めて知る者も多かったという。
フェルプス講師はこう語る。「すべてがスローダウンする。かつての時代のように、ひとつのことに集中する。そこに喜びがあった」。
コンピュータサイエンス専攻の学生は「タイプライターとの向き合い方が変わるだけでなく、世界との向き合い方も変わった」と振り返る。通知もなく、検索もできない環境で、思考と書くことだけに向き合う体験は、スマートフォン世代にとって異質なものとして映ったようだ。
全米に広がる「AI封じ」トレンド
タイプライター授業は孤立した取り組みではない。米国の大学では、ノートとペンによる試験の復活、口頭試問の再導入など、AIによる課題代替を防ぐための「アナログ回帰」が広がっている。
背景にあるのは、生成AIの急速な普及だ。文法的に完璧で読みやすい文章を瞬時に生成できるようになった今、「誰が書いたのか」を問うこと自体が難しくなっている。教育機関がその矛盾に直面しているのは日本も同様で、大学のAI利用ガイドライン策定は急務になっている。
実務への影響——企業研修・人材育成への示唆
このニュースは大学教育の話だが、企業のIT担当者や人材育成担当者にとっても無関係ではない。
「AI禁止」ポリシーは機能しない。研修レポートや社内文書でのAI活用を禁止しても、個人のスマートフォンで使われれば終わりだ。禁止という手段で問題を解決しようとするアプローチは、形式的な遵守だけを生み出し、本質的なスキルの向上には繋がらない。
評価設計を変えることが本質的な解決策だ。「何を書いたか」ではなく「どう考えたか」を問う評価——口頭でのフォローアップ、プロセスの提出、段階的なフィードバック——にシフトすることで、AIを使っても使わなくても「考える力」が問われる仕組みが作れる。
AIと並走する前提で設計する。「AIなしでも書けるか」を問う場を意図的に設けることは意義がある。ただしそれは「禁止」ではなく、「素の思考力を鍛える場」として位置づけるべきだ。
筆者の見解
正直に言えば、タイプライターを持ち出すというアイデアには感心した部分もある。ただ、それは「AIを封じるための手段」としてではなく、「集中と思考の体験を作る授業設計」として評価したい。
「禁止すれば解決する」という発想は、ITセキュリティの世界でも繰り返し失敗を重ねてきたアプローチだ。教育現場でも同じことが起きるだろう。AIを使えない環境を人工的に作り出すことは、現実世界との乖離を生むだけだ。
本当に問われているのは、「AIが代わりにやってしまうことに価値があった課題設計」を問い直すことではないか。文法的に正しい文章を書けるかを問うテストは、そもそもAIが得意なことを問うていただけかもしれない。「なぜそう考えるのか」「他の視点からはどう見えるか」「実際に試した結果何が起きたか」——こうした問いはAIには代替できない。
教育現場のAI対応は、まだ試行錯誤の段階にある。タイプライターのような体験型のアプローチが一定の気づきをもたらすことは否定しない。だがそれを「解決策」と捉えるのは早計だ。AI時代の教育設計は、ツールを排除することではなく、ツールがあっても問われる能力を明確にすることから始まる。
企業でも教育機関でも、「使わせないための仕組み」より「使っても鍛えられる仕組み」に投資する時代が来ている。
出典: この記事は College instructor turns to typewriters to curb AI-written work の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。