ニューヨーク州知事キャシー・ホークル氏が2025年12月19日、フロンティアAIモデルを対象とした透明性・安全性確保法「RAISE Act(S6953B/A6453B)」に署名した。カリフォルニア州のSB 53を超えると評される内容で、米国における州レベルのAI規制競争が本格化している。

RAISE Actの主な要件

大規模AIモデル開発者に課される主な義務は以下の通りだ。

  • 安全プロトコルの公開: 自社のAI安全計画を作成・公開すること
  • インシデント報告: 重大なインシデントが発生したと判断してから72時間以内に州へ報告
  • 監督機関: ニューヨーク州金融サービス局(DFS)内に専門のオーバーサイトオフィスを新設。年次レポートを発行し、大規模フロンティア開発者を評価する。運営費用は開発者からの手数料で賄う
  • 罰則: 司法長官が民事訴訟を提起可能。初回違反で最大100万ドル、以降は最大300万ドルの制裁金

カリフォルニアSB 53との違い

法案を推進したアレックス・ボアーズ議員が「SB 53を複数の点で超えている」と強調するように、RAISE Actはより踏み込んだ開示・報告義務を課している。連邦政府がAI規制に消極的な現状を受け、ニューヨークとカリフォルニアという2大テック州が「統一的なベンチマーク」を形成しつつある。

なぜこれが重要か

日本のIT現場からすると「アメリカの州法の話」と感じるかもしれないが、影響は決して他人事ではない。

OpenAI・Anthropic・Google・Metaのような主要フロンティアAI開発者はいずれもニューヨーク州でビジネスを展開しており、RAISE Actへの準拠が実質的にグローバルな開発プロセスの標準化を促す可能性がある。72時間インシデント報告の義務は、金融業界のサイバーインシデント報告義務(PCI DSS、GDPR等)と同じ方向性であり、AIシステムを「インフラ」として扱う国際的な流れを加速させる。

日本でも経済産業省がAIガバナンスガイドラインを整備しているが、拘束力のある法的義務という点では大きく遅れている。日本企業がグローバルにAIサービスを展開するなら、ニューヨーク州法への対応は避けられない実務課題となる。

実務での活用ポイント

AIシステムを利用・開発する企業のIT管理者・エンジニア向け

インシデント対応フローの見直し: 自社でAIシステムを開発・提供している場合、72時間以内の報告義務を前提にした障害対応SOP(標準手順書)を今から設計しておく価値がある。EU AIアクト・日本のガイドラインとも方向性が揃いつつあるため、一度整備しておけば転用できる

ベンダー評価の新軸: AIサービスを調達する側も、ベンダーが「安全計画を公開しているか」「インシデント報告体制があるか」を評価基準に加えるべきタイミングだ。RAISE Actへの対応状況はベンダーのガバナンス成熟度の代理指標になりうる

社内AIガバナンス文書の整備: 自社でフロンティアモデルを使ったシステムを構築・運用するなら、安全計画に相当するドキュメント(リスク評価・モニタリング体制・エスカレーションパス)を整備しておくと、将来的な法的要件への対応コストを大幅に削減できる

筆者の見解

RAISE Actが示す最も重要なメッセージは、「AI安全規制は連邦政府を待たずに進む」という現実だ。

現在の米連邦政府はAI規制に対して規制緩和路線を取っており、州がその空白を埋める競争が始まっている。これは金融規制・プライバシー規制でも繰り返されてきたパターンで、最終的には州法の集積が事実上の全国基準を形成してきた歴史がある。

72時間インシデント報告という数字に注目したい。これはサイバーセキュリティの世界では既に標準的な要件だ。AIシステムを「セキュリティインフラと同等のガバナンスが必要なシステム」として扱う考え方は、技術的にも運用的にも正しい方向だと思う。AIエージェントが自律的に業務を実行する時代において、インシデント発生時の透明性と報告体制は最低限の社会的な約束として機能すべきものだからだ。

一方で気になるのは、監督オフィスの運営費用を「開発者からの手数料」で賄う構造だ。これは規制機関が被規制者から資金提供を受けるという構造であり、独立性の観点から慎重に設計しないと機能不全を起こすリスクがある。良い仕組みを作ろうとしているのだから、その設計の詰め方次第で評価は大きく変わる。

AI規制の議論は「イノベーションの阻害か安全の確保か」という二項対立で語られがちだが、実際には「透明性があるほうが信頼され、信頼されるほど採用が進む」という正のサイクルを生む。日本企業にとっても、今のうちにガバナンス体制を整えておくことは守りではなく攻めの一手だ。


出典: この記事は Governor Hochul Signs Nation-Leading Legislation to Require AI Frameworks for AI Frontier Models の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。