AIが連日話題を席巻するなか、「これは新しい技術革命の始まりか、それとも既存の波の終わりか」という根本的な問いが浮かび上がっている。経済史家カルロタ・ペレスのモデルを援用した分析が、テック業界に静かな波紋を広げている。
カルロタ・ペレスの「サージモデル」とは
カルロタ・ペレスは、クリストファー・フリーマンの研究を基に、技術と金融がどのように相互作用して長期的な投資の「波」(彼女はこれをサージと呼ぶ)を生み出すかをモデル化した。直近の二つのサージは、1908年に始まった自動車・石油サージと、1971年に始まった情報通信技術(ICT)サージだ。
このモデルの核心は、各サージがS字カーブを描くという点にある。前半はインフラ整備の「導入期」として進み、後半はビジネスモデルが確立された「展開期」として急加速する。展開期の終盤では、成熟した市場が飽和に向かい、投資家は次のサージを探し始める。
AIは「新サージの始まり」か「デジタルサージの終わり」か
Nicolas Colinが提唱する「レイトサイクル投資理論」は、現在のAIブームがICTサージの成熟終盤——つまり「終わりの始まり」——に位置すると主張する。その根拠として三つの指標が挙げられている。
① 2022年のスタートアップ資金崩壊は構造的かもしれない
2022年のスタートアップ投資の急減は、単なる市場調整ではなく、スタートアップが競争優位として頼ってきた「不確実性」が消えつつあることを示す。良いアイデアが誰の目にも明らかになると、潤沢な資金を持つ大企業が同じ問題に取り組み始め、新興企業の優位性が失われる。
② AI革命はガレージではなく巨大資本から生まれた
ChatGPTのブレークスルーは、ガレージスタートアップからではなく、Microsoftの膨大な計算資源を背景としたOpenAIから生まれた。Google、Meta、Amazonも数兆円規模の資金を投下した。これは「十分に理解された問題に巨大資本が投下される」というレイトサイクルのパターンと一致する。
③ ビジネスモデルの不在
米国のAIへの莫大な投資を支えるビジネスモデルが、いまだ明確ではない。インフラ導入期の特徴として、「将来の展開期に向けた過剰投資と財務的損失」がある。1990年代の光ファイバーバブルと同じ構造が見え隠れする。
実務への影響——日本のエンジニア・IT管理者はどう動くべきか
この議論が正しいとすれば、実務上の判断軸はシンプルになる。
今すぐ使えるものを使い倒す: サージの展開期は「既存の解決策が爆発的に普及する」フェーズだ。AIツールの評価や選定に迷い続けるより、実際に使って成果を出す経験を積む方が圧倒的に価値がある。情報を追いかけることより実践が先。
インフラとして扱う: AIが「新しい波の始まり」ではなく「デジタルインフラの完成形」だとすれば、電気や通信回線と同様に当たり前のインフラとして業務設計に組み込む発想が正しい。特別な技術ではなく、業務フローの前提として扱う時代がすでに来ている。
非人間主体(NHI)の活用を急ぐ: 人間がボトルネックになる設計は時代遅れだ。サービスプリンシパル、マネージドID、自律エージェントなど、非人間主体が業務を実行できる仕組みを整えることが、これからの効率化の核心になる。承認・確認を人間に求め続けるアーキテクチャでは、どれだけ高性能なAIを入れても効率は上がらない。
プラットフォームの統合を優先する: レイトサイクルでは、部分最適の積み重ねが全体として高コスト・非効率になりやすい。大企業が提供する統合プラットフォームへの集約が、多くの場合コスト・ガバナンス両面で優位になる。
筆者の見解
ペレスモデルの議論は刺激的だが、「AIがサージの終わりか始まりか」という二項対立自体が少し古い問いかもしれないと感じる。ICTサージの終盤としてのAIと、次の新サージのインフラとしてのAIは、矛盾しない。電気がエンジンサージの終わりに生まれ、かつ次のサージ(製造業革命)のインフラになったように、AIも同様の二重の役割を担い得る。
より重要なのは、「波がいつ終わるか」を予測しようとすることではなく、「今使えるものを今使い切る」ことだと思っている。波の分類を議論している間に、実際に業務を自動化し成果を出している企業と組織間の差が拡大していく。日本のIT業界は、技術動向の評論よりも実装の加速を選ぶべき局面にある。
大変革に気づいていない企業がまだ多い。ペレスモデルが正しかろうと間違っていようと、自律的に動けるエージェントループを業務に組み込んだ組織が生き残る——これは波の話とは無関係に言えることだ。
出典: この記事は AI could be the end of the digital wave, not the next big thing の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。