EY(アーンスト・アンド・ヤング)が2026年4月7日、Assurance(監査)部門向けにエンタープライズスケールのエージェンティックAI(Agentic AI)をグローバル展開すると発表した。Big4監査法人として初めて自律型AIエージェントを監査プロセスの中核に据えるという、業界の転換点となりうる動きだ。金融・会計という高い精度と説明責任が求められる領域での本格展開だけに、その意義は大きい。
エージェンティックAIとは何か——「指示待ち」を超えた自律実行
エージェンティックAI(Agentic AI)とは、人間から単発の指示を受けて応答するだけでなく、目標を与えられると自律的に計画・実行・検証のループを繰り返すAIシステムを指す。従来の「副操縦士(Copilot)型」AIがあくまで人間の判断を補助する立場に留まるのに対し、エージェンティックAIは一定の裁量を持って自ら動き続ける。
EYが今回展開するシステムでは、監査プロセスの多くの工程——証拠収集、リスク評価、文書レビュー——においてAIエージェントが自律的に動作し、監査担当者は例外処理や最終判断に集中できる設計となっている。監査という「証拠に基づく論理的推論の積み重ね」は、AIエージェントの得意領域と高い親和性を持つ。
なぜこれが重要か——監査業界が動くと、すべてが動く
監査法人は企業の財務情報の「信頼の門番」として機能している。ここでAIエージェントが本格採用されるということは、単なる業務効率化の話ではない。監査の信頼性をAIが保証するエコシステムへの第一歩であり、将来的には監査報告書の品質基準そのものが変わる可能性を示唆している。
日本においても、有価証券報告書の電子化や内部統制報告制度(J-SOX)対応など、監査業務のデジタル化は着実に進んでいる。EYのような大手が「エージェンティックAIは監査に耐えうる」という実績を積み上げることで、日本の監査法人・上場企業にも導入圧力が波及するのは時間の問題だ。
実務への影響——IT管理者・エンジニアが押さえるべき3点
1. 高信頼領域でのAIエージェント設計パターンが確立される これまで「AIエージェントは誤りが多くて使えない」と懐疑的だった領域でも、適切な設計と人間のレビュープロセスを組み合わせれば実用化できることが証明されつつある。監査の事例から学べるアーキテクチャパターン(エラー検出・ハンドオフ設計・監査ログ)は、自社のAIエージェント導入設計に直接転用できる。
2. 「エージェントが自律で動く」前提でのガバナンス設計が急務 AIが自律的に動作する環境では、従来の「人間がすべての操作を承認する」前提のガバナンスフレームワークは機能しない。何をAIに委ねるか・何を人間の承認フローに残すかの境界設計こそが、これからのIT管理者の核心的な仕事になる。
3. 金融・会計SaaSとの連携が次の競争軸になる 国内では弥生・freee・マネーフォワードなどが会計SaaSを展開しているが、これらへのエージェンティックAI組み込みは不可避の流れだ。ERPやコアシステムとAIエージェントの連携設計を先行して学ぶことが、数年後の差異化につながる。
筆者の見解
EYの動きが示しているのは、AIエージェントがついに「業務の中核」に入り始めたという事実だ。確認のたびに人間を呼び止める設計では、AIが持つ本来の力を引き出せない。目標を与えれば自律的にループを回し続ける——そのエージェント設計の考え方が、監査という保守的な業界にまで広がったことの意味は大きい。
翻って日本企業の現状を見ると、AIツールを「便利な入力補助」として導入し止まっているケースが圧倒的に多い。EYの今回の発表は、その段階がすでに「一世代前」になりつつあることを示している。
重要なのは、エージェンティックAIは「何でもAIに丸投げ」ではないという点だ。人間がどの抽象度で意思を介在させるかを設計することこそが、これからのシステム構築の要諦になる。EYの事例を他人事として眺めるのではなく、自分たちのビジネスプロセスのどこにエージェンティックAIを組み込めるかを、今から問い始めるべきタイミングだ。
出典: この記事は EY launches enterprise-scale agentic AI to redefine the audit experience の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。