生成AIの普及によって、「まあまあな成果物」は誰でも作れるようになった。ランディングページなら数分、提案書なら一発のプロンプト、ピッチデッキなら会議前に間に合う。それが現実だ。
では、その結果として何が起きているか。中間層が飽和した。 7点満点の世界が溢れ返り、かつては差別化できていた「そこそこ良いもの」では誰にも気づかれなくなった。
エンジニアリング・デザイン・ライティング、あらゆる領域で問われているのは今や同じ問いだ。「あなたにしか気づけないものを、見抜けるか」。
LLMが「統計的に無難なもの」を出力する理由
LLMの本質は、大量のテキストや設計パターンを圧縮し、高速に再構成するエンジンだ。その強みは同時に、構造的な偏りも生む。
モデルは、確率分布の中心に引っ張られる。特定の文脈に深く根ざした何かより、「それっぽく見えるもの」を生成するほうが得意なのだ。
その結果として量産されるのが:
- ロゴだけ違うが構造は同じランディングページ
- どのアプリにでも当てはまる製品コピー
- 見出しは整然としているが生きた判断が宿っていないエッセイ
- モダンに見えるが記憶に残らないUI
これは「失敗」ではなく、「平均の成功」だ。問題は、その平均が以前より圧倒的に安価に大量生成できるようになった点にある。
「センス」とは何か——選び方ではなく、診断力だ
元記事が指摘する「センス(Taste)」とは、高級品趣味でも個人的な美意識ブランディングでもない。不確実性の中で本質を見抜く力だ。
センスが発揮される場面は三つある。
- 何に気づくか
- 何を拒否するか
- 「何かがおかしい」を、どれだけ正確に言語化できるか
三番目が特に重要だ。「これは違和感がある」と言える人は多い。だが「この文章はSaaSのランディングページ全部に書いてあるような言葉しか使っていない」「この説明は規制上の制約をマーケティング語に溶かしているからユーザーが混乱する」と言えるのは、訓練された判断力がある人間だけだ。
AIが「平均」を瞬時に出力できる今、センスは雰囲気から診断へ移行しなければ価値を持たない。
実務への影響——「初稿を止めない人」は埋もれる
AI以前、質の低い成果物の原因は大抵、時間・リソース・スキルの不足だった。今は違う。「最初の許容できる草稿で止まってしまう人」が増えているのが問題だ。
日本のIT現場に引きつけて考えると、以下のような局面で差が出る。
要件定義・提案フェーズ: AIが出した提案書を少し直して出す。読む側も同じAIを使っていれば、「どこかで見た構成だ」と感じる。そこで差をつけるのは、業界特有の制約、顧客の本音、組織の文化的コンテキストを盛り込む判断力だ。
コードレビュー・設計判断: AIが生成したコードは動く。問題は、「このアーキテクチャは3年後に痛くなる」という判断がAIには苦手なことだ。そのレビューができる人間の価値は、むしろ上がっている。
プロダクトの方向性: 「何を作るか」より「何を作らないか」。トレードオフを見抜いて拒否できる人が、今のプロダクト開発では希少資源だ。
明日から使えるヒント:
- AIの出力を「採用か却下か」で扱うのをやめ、「この出力が平均的に見える理由を言語化する」訓練をする
- チームのコードレビューや設計議論で「なぜこれを選ばないか」を明示する文化を作る
- 自社・自チームのコンテキスト(顧客の言葉、制約、価値観)をプロンプトに徹底的に渡す。AIに文脈を与えるほど、平均からずれた出力が得やすくなる
筆者の見解
この論考が指摘することは、実際に日々AIツールを使い倒している立場から見ると、体感と一致する。
生成AIのツールが手放せなくなっても、「何か足りない」と感じる瞬間がある。それは多くの場合、出力が「正しい」のに「自分のものではない」感覚だ。文章が整っていて情報も正確、でも自分の文脈が入っていない。そのズレを感じ取れるかどうかが、今後の生産性の天井を決める。
特に注目したいのは「AIは自分のセンスを映す鏡になる」という指摘だ。10パターン出力させて「どれも微妙」と感じるなら、問題はAIではなく自分の言語化が甘いことが多い。何が「微妙」なのかを具体的に言えれば、次のプロンプトが変わる。
「情報を追うより実際に使って成果を出せ」と日頃から言い続けているが、それは使い込むほどに自分の判断基準が研ぎ澄まされるからでもある。AI活用の習熟度とは、生成の速度ではなく、拒否の精度だ。
「あなたにしか気づけないものを見抜く力」——これはAI時代に人間が最後に持つべき競争優位だ。だからこそ、ツールを使い込む習慣と、判断を言語化する習慣を、同時に鍛える必要がある。どちらか一方では足りない。
出典: この記事は Taste in the age of AI and LLMs の内容をもとに、筆者の見解を加えて独自に執筆したものです。