AIが「賢い大学生レベル」になっても、なぜ人は解雇されないのか
AnthropicのCEO、ダリオ・アモデイ氏は「2年前のAIは賢い高校生レベル、今は賢い大学生レベル」と発言した。この言葉通りなら、カスタマーサポート(CS)市場はすでに壊滅していてもおかしくないはずだ。
ところが現実は正反対だ。米求人サイト「Indeed」のデータによれば、カスタマーサービス関連の求人数は2025年中盤から回復基調にあり、コロナ禍前の水準に近づきつつある。企業は大規模言語モデル(LLM)を大幅割引で利用できる環境があったにもかかわらず、人員削減ではなく再雇用を選んだのだ。
「90%自動化」プロジェクトが葬られた理由
ある元大手テック企業エンジニアの事例が示唆に富む。彼のチームはLLMとナレッジベースを組み合わせ、CSケースの90%を自動化するシステムを構築した。技術的には成功だった。しかしプロジェクトは却下された。
理由はシンプルだ。残り10%のケースこそが、CS担当者の時間の大半を消費していた。自動化できたのは「話せるFAQ」を作ることであり、本当に困難な問題の解決ではなかった。
「半決定可能問題」という見落とされた視点
この現象を理論的に説明する概念が「半決定可能(semi-decidable)」な仕事だ。ホワイトカラーの職種の多くはこの性質を持つ。
- 決定可能なケース(約80%):過去の経験で解決できる、再現性のある問題。これはAIが得意とする領域で、自動化の恩恵を受けやすい。
- 決定不可能なケース(約20%):解決策が存在するかどうか自体が不明な問題。対処に数日〜数週間かかることもあり、コストが青天井になる。
この「80/20の法則」こそ、AIが仕事を奪うという議論が見落としているポイントだと筆者は指摘する。簡単な仕事を効率化しても、困難なケースへの対処コストは変わらないか、むしろ浮き彫りになる。
ソフトウェアエンジニアリングも同じ構造
これはCS職に限った話ではない。ソフトウェアエンジニアリングでも、日常的なコーディング作業の大半はルーティンだ。しかし、例えば新しいフレームワークのバージョンアップ時に潜む「たった1つのboolean設定」が本番環境全体を落とすことがある。このような「決定不可能な問題」の発見と解決こそが、熟練エンジニアの真価であり、AIが代替しにくい領域だ。
まとめ
「AIがホワイトカラーの仕事をすべて奪う」という終焉論は、仕事の構造的な複雑さを無視した過度な単純化かもしれない。AIは確かに生産性を向上させるが、解決困難な問題が消えるわけではない。むしろ、AIが易しい問題を処理することで、人間は難しい問題に集中することを求められる時代になっているとも言える。
カスタマーサポートの求人回復は、その現実を雄弁に物語っている。
元記事: White-collar AI apocalypse narrative is just another bullshit